第34章 時は過ぎゆきて(菅原孝支)前編
【第5節 お芝居をしよう】
それからの3週間は、俺の人生の中でもトップレベルに苦痛を強いられる時期となった。いつもの昼休み。いつもの向かいの空き教室。邪魔者が入らないその場所で、鋭い声に滅多刺しにされる日々。
「菅原!常に客席に対して斜めに立つようにって言っただろう!?正面向いたら肩幅は私よりも広いんだから。何度注意されたら分かるんだ?」
「うっ、ごめんなさい……」
「ほら、いつもの基本姿勢やってみ?肩甲骨を後ろでぐっと合わせて……あ、大地、そこに椅子置いてくれない?」
「りょーかい」
「ありがと……すーがーわーら!肩が上がってるぞ、もっと下げて!そう!」
両肩を上から押されて、うぐっ、と情けない声が出た。ついでに腰もぐいぐいと押される。
「なまえ……痛い」
「我慢しなさい、男の子だろう。ほらお腹に力入れて……こら!大地、椅子は正面じゃなくて、ちょっと斜めに向けなさいって!立ってても座ってても同じ!」
「あ、あぁ……そうだったな、今直すよ」
「菅原!姿勢戻ってる!!」
目を釣り上げたなまえに、心の中だけで言い訳をする。
だって苦しーんだもん!この立ち方!
『着物姿はね、撫で肩が一番美しく見えるんだよ』
本格的に練習に入った日、なまえは花のように可憐だった。
『菅原は元から撫で肩気味だから、きっと袴姿も似合うだろうね』
最初は女装なんてと思っていたけれど、なまえのことが気になり始めていた俺は、2人で練習できることに浮き足立っていたんだと思う。
『でも、もっと綺麗に見えるように私と一緒に練習しよう!』
品のある伸びやかな声でそう言った彼女に、よろしく!と返事をしたのがいけなかった。
まさか立ってるだけでこんな大変なんてな!思わないよな!普通な!!
「ほら、最初のシーンやるから傘持って……脇を閉めて!!」
「はい……」
「指は?」
「"指先までピシっと揃える"……」
「わかってるならやりなさいよ、ほら……暗い顔しない!大地!笑わない!南条!写真取らない!!」
稽古になったとたんスパルタ指導へと豹変した彼女に、俺は正直参っていた。