第34章 時は過ぎゆきて(菅原孝支)前編
「和服で和傘でさ、どんな顔かなーって気になるじゃん。そんで、傘がスッて降ろされたら、ドキッてしない?」
身振り付きで説明されて、うーん、と想像してみた。確かに、雨の日に俯きがちな女の人が傘で表情を隠していたら、ちょっと気になるかもしれない、けど……
「ドキッとするのは美人限定の話じゃないか?」
「大丈夫だよ。菅原くんなら」
「いやいやいや、何ハードル上げてんだよ」
言い返しながら台本に視線を戻して、また目を丸くした。
「っつーか何コレ!なに!?『抱きしめる』とかあるんだけど!!」
「うん。男装女装コンテストってさ、みんなを胸キュンさせたもん勝ちじゃん」
「その通り!流石、乙女たちはよくわかってらっしゃる」
なまえが横から口を挟んできた。「この手のイベントは、リアリティよりもトキメキのほうを優先させるべきだよね」
「本当かよ!?」
噛み付くように突っ込む俺に、「当然!」と彼女は胸を張って答えた。
「私は去年自分のクラスの演出と演技指導を担当したんだ。その結果、うちの書道部のエースは見事”ミス烏野”に輝いたぞ?」
「げっ、アレみょうじがバックについてたのか」
「そう。だから今回に関しては、私の言うことが正しい」
「だからってこんな茶番……は?え?最後なにこれ!?『キスして幕が降りる』って、え!?」
「フリだけ!フリだけだから!」
台本を持ってきた女子が慌てて弁解する。
「フリだけって、でも……!」
「大丈夫だよ菅原!」
私、前にキスのフリやったことあるから!となまえも的外れなフォローを入れてきた。「男役だったから、相手も女子だったけど!」
「そう言う意味じゃなくってなぁ……!」
言いかけたところに、いきなり顎を持ち上げられた。「!?」と固まっているところに、なまえの顔が近づいてくる。
「ぁ、ちょっ、と……待っ、」
抵抗する間もなく寸前でピタリと唇が止まった。さり気なく腰に回される手に、頭が一気に沸騰する。
待って!待てって!これは駄目!ほんとやばいから!駄目!!!