第34章 時は過ぎゆきて(菅原孝支)前編
今更断るなんてやっぱ無理かなぁ!?
絶望していたら「なまえ〜」と甘ったるい声が飛んできた。顔を上げると、吹奏楽部の女子が何かの紙をペラペラ振りながら近づいてくる。
「台本できたからさぁ、一度チェックして欲s」
そこで声が止まった。
“!?”と記号が付きそうな表情で固まる彼女の目線を追うと、繋いだままの俺となまえの手があって、うえあぁ!?と自分でもよくわからない声を出して机の下に両手を突っ込んだ。
「ち、違うんだ、ええっと、これは……」
「え!?もう台本できたの?見せて見せて」
狼狽える俺を他所に、なまえが立ち上がった。その勢いに蹴落とされて「あ、うん……これ、」と紙が差し出される。なまえはそれを受け取ってふんふんと目を通してから「へえ、」と感心したように呟いた。
「時代モノだから設定とか口調とか難しいと思ったけど、案外サマになってるね」
「うん。最近スマホアプリのさ、大正浪漫をテーマにした乙女ゲームにハマッてる子がいてさ、ソレをパクってみたらしいよ」
「いいじゃんいいじゃん。頼んだ通り菅原はほとんど動かないようにしてくれたし」
「あと2人の関係も、どっちも家柄の良い家系の子になったよ。小さい頃から両思いなんだけど2人とも家の跡継ぎだからそれぞれ許嫁がいるって感じの」
「そういうリアルなとこ考えるのが楽しいんだよなぁ」
ホチキスで止めた紙をめくりながらなまえが笑った。「ふふっ、このシチュエーションも面白いね。どんだけ大胆なのコイツ」
「なんか、女子の妄想が爆発しちゃって」
「えっ、えっ、なに、やめて?」
2人の会話に段々怖くなってきて、俺も腰を浮かしかけたけれど、内容を見る勇気も出なくて黙って座り直した。その動きに噴き出したなまえが、はい、と台本を手渡してくる。「大丈夫だよ、菅原、ほとんど椅子に座ってるだけだから」
「ほんとか?よかった」
安心して受けとったけれど、そこに書かれている最初の一文を見て「は?」と声を出してしまった。
「なにこれ?『傘を差して入ってくる』?」
「そう、最初は和傘で顔を隠してね、出てきてもらおうと思って」
なまえと身長差が20cmもありそうなくらい小柄な彼女が、目を輝かせた。
「な、なんで?」