第34章 時は過ぎゆきて(菅原孝支)前編
【第4節 練習をしよう】
「菅原、ミスコン出るんだって?頑張れよ!」
「終わったら男子みんなで何か奢るからな!」
話し合いの日から3日。俺が女装することに関してからかう奴は誰もいなかった。かと言って同情されるわけでもなく、何故か当たり前のことのようにみんなに受け入れられていた。
「お、おう。さんきゅ……」
その状況に、嫌がってる自分のほうが異常なんじゃないかと錯覚しそうになる。実際、意地を張って頑なに拒否することでみんなに迷惑がかかるんじゃないかとすら考え始めていた。
「菅原、女性らしい仕草の練習をしよう」
昼休み、俺の机と向き合うようにして座ったなまえが口を開いた。
「それを取って私に渡してみろ」と机の上の消しゴムを指差す。
「……?」
言われた通り、それを彼女に手渡す。
「23点」
「は?」
「手つきは優しいけど、動きが直線的で男らしすぎる」
なまえはそう言ってまた消しゴムを机に転がした。「『クロスの法則』って聞いたことある?」
「ない。何だよ、それ?」
「モテる女のルールだよ。何か行動をするときは、いつも身体の中心を通るように意識する。左側にある物を取る時は右手で、髪を掻き上げる時も、逆の方の手を使う」
こんな風に、と言ってなまえが右手で左の耳に髪をかけた。ひねられた身体の曲線が強調され指先まで大人っぽくなる彼女の表情に、思わずどきりとする。
「やってみろ」
「え、俺が?」
「当たり前だ」
「いや、もとから耳出てる、から、な?」
「な?じゃない。真似だけでいいからつべこべ言わずにやってみろ。早く」
「......」
落ち着け、落ち着けよ俺。これは嫌がるほどのことじゃない。これはあれだ、躊躇えば躊躇うほど恥ずかしくなるパターンのやつだ。何も考えるな、真似だけ、真似だけ。
心を無にして右手を動かした。左耳の後ろをなぞるように動かすと「そうそう、やればできるじゃないか!」となまえが笑った。
「褒められても、嬉しくない」
そう。男の俺がこんなテクニックを身につけても嬉しくない。そしてなんと言っても
ニヤニヤニヤニヤ
真横の机から大地と南条が見ている。
あっち行けよ、と目線だけ送ると、余計ニヤけた2人が煽るようにわざとらしいヒソヒソ話を始めた。