第34章 時は過ぎゆきて(菅原孝支)前編
「はい!私は幕末設定が良いと思います!」と女子の1人が元気に手を挙げて言った。「『命を懸けてキミを守るよ』とか言われたらきゅんときます!」
「あーわかるわかる」「最近流行ってるよね、幕末」「その時代だと軍服もアリ!」「えっ、なまえの軍服!?」
ガタガタと立ち上がって一斉に騒ぎ始める女子たちに、静かに!となまえが人差し指を立てた。
「時代モノは衣装の用意が大変かもね。大正時代なら、去年の演劇大会の題材だったから部室に一式揃ってるんだけど」
「大正時代?」
「うん。学生帽とマント……かな。学ランは烏野の制服をそのまま使ったし、女子の衣装は袴(はかま)だったよ。まあ手作りだから袴もどきだけど」
「「「袴ぁ!?」」」
女子たちが一斉に声を揃えた。そして全員で俺のほうにぐるん!と顔を向けたから、思わず肩がびくりと跳ねた。
沢山の視線に耐えかねて、顔がだんだん熱くなってくる。
「な、何だよ……」
立ち上がっている彼女たちを椅子に縛られたまま睨み返すと(え、ちょっ、待って、)とコソコソと囁き合いが始まった。
(袴ってことはさ、"はいからさん"ってやつだよね?)
(あの頭におっきいリボンつけた格好を?菅原が?やばくね?それ)
(大正ロマンかよ。めっちゃオイシイんですけど)
(つーか見てよ、スガ、ナチュラルに上目遣いしてるぜ)
(マジだ。神様あざす)
「ん゛っん゛ん!!」
完全に筒抜けの会話に、なまえが大きな咳払いをした。「衣装がそれでいいなら、次は脚本なんだけど……」
「身分の格差を越えた禁断の恋とかどう?」
「やば、堪んないねそれ」
「じゃあさじゃあさ、菅原くんのほうは華族のお嬢様で、なまえは使用人の息子とかどうかな」
「幼馴染!?ときめくー!」
もはや周囲をガン無視で騒ぎ始めた彼女たちに「脚本は心配なさそうだね」となまえが大声で笑った。
「んじゃ、台本は早めに頼んだよ。それに従って、小道具も揃えてもらって、私と菅原はひたすら練習」
「俺はどうしましょう」
目の前の女子の勢いに、遠い目になった大地が尋ねた。
「澤村は1日あれば叩き込めるから、暫くはフリー」
「了解しました」
がんば、スガ。と俯く大地に、憐れむんじゃない!と自棄になって叫び返した。