第34章 時は過ぎゆきて(菅原孝支)前編
懇願するとなまえは「うーん、そうだなぁ……」と苦笑しながら俺の両肩に手を置いた。
「私は、個人的に女装は顔よりも体格のほうが大事だと思ってるんだ」
そう言いながら俺の二の腕の肉付きを確かめるように、細い指で上から下へと滑るように揉んでいく。
「菅原は顔は可愛いけど、なんだかんだ運動部で筋肉あるし、露出のある服を着るとどうしてもゴツくなっちゃうかもね」
「ほらな!」
俺は勝ち誇った気分で南条と大地を見遣った。俺だって男なんだから!
そう言おうとしたところに「でも大丈夫!」となまえが口を開く。
「歌舞伎にも女形とかあるし、体型の目立たない和服やふんわりしたドレスにすれば違和感はないと思うよ」
「えっ」
「どうせ顔なんて遠くて見えないんだから、女性っぽい立ち振舞いを意識すれば、全然イケるよ!」
色気だよ色気!となまえが笑った。「私が教えてやるから、一緒に頑張ろう!」
「決まりだな」
大地がニヤりと笑った。
「いや待て!!」
俺はそこで最後の切り札を出した。本当は言いたくなかったことだったんだけど。
「俺たち、そんな身長差ないから並んでも見栄えしないだろう!?みょうじ、お前身長いくつだ!?」
「175だけど」
「げ」
俺よりでかいのかよ!!
「大丈夫だよ、菅原。私、部活でいっつも厚底の靴履いてるから、心配する必要ないよ」
そう励ましてくるなまえに、愕然として肩を落とした。こいつ、気遣いできそうに見えて案外天然な奴なのかもしれない。
絶望しているところに、担任が教室に入ってきた。朝のホームルームやるぞー、なんてやる気のなさそうな声に、ガタガタとみんなが席に座り始める。
「期待してるぞ、スガ」
大地が俺の肩を叩いて行った。
「頼んだぜー菅原孝子ちゃん」
南条も飄々と自席へと戻る。
為す術なく、俺も小さく呻いて自分の席に座って項垂れた。
泣きたい。本当に泣きたい。俺の周りは裏切り者ばかりだ。
「菅原、よろしくね」
水滴みたいにと落とされたなまえのその声だけは嫌ではなかった。けど、
よろしく、なんて言いたくなくて、俺は本番までの1ヶ月を想って頭を抱えた。