第34章 時は過ぎゆきて(菅原孝支)前編
「やっぱりな。スガなら嫌がると思った」
声だけでわかるその相手に「大地!」と振り向きざまに飛び付いた。「助けてくれよ。俺、女装なんて絶対嫌だ!」
だけど「やりたくないのはみんな一緒だろう」と避けられてしまう。
「スガ、俺達は前日祭まで毎日部活なんだ。ただでさえ色々と手伝えなくてクラスに迷惑かけてるんだから、少しは協力しろ。それとも……」
お前だけ部活休んでクラス展示のほうの準備するのか?
黒い笑顔で聞かれて、それは……と口ごもる。
「……部活を休むのは嫌だ」
「だろ?男装女装コンテストなら昼休みの練習で十分だし、時間が拘束されるとしたら本番前日のリハーサルだけらしいもんな」
「大地も何か係やらされんの?」
「俺は音響だってさ。台本に合わせてツマミを動かします」
これでも責任重大なんだぞ、と大地が腰に手を当てた。「お前が恥かかないように頑張るからな」
「その前に、俺が女装するのを頑張って止めてくれよ」
「ゴネたって無駄だ。観念しろ」
南条がせせら笑った。それから、右を向いて「みょうじ!」と片手を挙げた。「ちょっとこっち来て」
「何?」
椅子から立ち上がったなまえがこちらにやってくる。他の女子よりも少し低めの掠れた声と、スカートから伸びる白い脚が絶妙なバランスで釣り合っている子だ。
「みょうじ、男装女装コンテスト、出てくれないか」
「うん、いいよ」
「見よ、この潔さ!」
南条が勝ち誇ったように俺を見た。「こんくらいサラッと引き受けないと。スガよりよっぽど男らしいよ」
「みょうじは普段から部活でやってるんだから慣れてるんだろ」
というか、本人にまだ言ってなかったのかよ!
なまえはここまでの俺達の会話を聞いていなかったようで「出るのは構わないんだけどさ、」と南条に話しかけた。「演劇部は文化祭当日に引退公演があるから、放課後はそっちの練習に行きたいんだけど」
「問題ないよ。こっちは昼休みの時間を使って練習するから」
「そっか。ありがとう。ところで、私の相手役は?」
「こいつ」
俺に指が向けられる。
「あぁ、菅原か」なまえも俺を見た。
「だから、俺はやるって言ってないだろ!」
そう言って今度はなまえに助けを求めた。「みょうじからも何か言ってくれないか?頼むよ」