第34章 時は過ぎゆきて(菅原孝支)前編
【第2節 断ろう】
「やだよ」
俺はにべもなく断った。「絶対に嫌だ」
けれど南条は「生憎だが、お前に拒否権はない」と澄まし顔で横を向いた。
「クラスの話し合いでスガに決まったんだ。もう生徒会に出場用紙も提出した。今更変更はできない」
「そんな話し合い、出た覚えないぞ。いつしたんだ」
「一昨日の放課後。お前は部活でいなかった」
「本人不在で決めるなんて酷いじゃないか!」
自分の机に鞄を放り投げて目の前の南条に詰め寄った。せっかく今日の朝練は身体が軽くて気分が良かったのに、これじゃあ台無しだ。
「決まっちゃったもんはしょうがないだろう」
南条は宥めるように両手の平をこちらに向けている。「高3の今の時期に部活続けてる奴のほうが少ないんだから。文化祭についての話し合いや準備は、お前らの都合に合わせるわけにはいかないんだ」
「じゃあ俺の意見も聞かずにみんなで押し付けるんだな。卑怯だ」
「誰だって自分から進んで恥をかきたいとは思わないんでね」
「そんなこと言われたら余計にやりたくない。だいたい、なんで南条はそんな偉そうなんだよ。人に物を頼むならそれなりの態度ってもんがあるんじゃないのか」
「俺が偉そうなのは俺がこのクラスの文化祭実行委員だからだ。そして俺はお前に頼んでいるんじゃない。決定事項を伝えているだけだ」
むう、と言い返せずに口を閉じた。女装なんて嫌だ。そりゃあ体育の後とかに女子のスカートを借りてふざけて写真を撮ったことならある。それなりにちやほやされて楽しかった。
でもそれはあくまでも内輪のノリだからできたことであって、烏野高校の男装女装コンテストと言えば前日祭きってのメインイベントだ。1年から3年まで各クラスから男女1組を代表に出し、創意工夫を凝らして3分間を自由に演出する。そのステージに乗るなんて言語道断。もってのほかだ。俺は見世物なんかじゃない。
「そんな拗ねた顔すんなよ、スガ」
南条が噴き出して俺の肩に肘を乗せてきた。「何も優勝を狙えって言ってるわけじゃないんだ。今年の優勝もたぶん1組のあいつだよ」