第33章 夜明けを待つロンドン塔(田中龍之介)
暗くなった教室で、迷子の子供みたいに2人で途方に暮れてた。
虚しさを吸い取れたらな、なんて。
他人の気持ちを完全に理解することなんて無理だってわかってる。でも、せめて、こいつの虚しさを共有できたらな。
「……みょうじ、悪い」
灰色の窓が広がる視界の中に彼の影が入り込んで、2本の腕が伸びてきた。
「……っ!!?」
目の前が真っ暗になった。
机から落ちたと思った。
けれど足は地面についていて、私の顔は彼の胸に押し付けられていた。
ぎゅう、と背中に手が回される。身体中の熱が頭に集まる。
な、なにコレ!?私、田中に抱きしめられ、て……うわ、え、マジか!
「ゴメン、」
頭のてっぺんから苦しそうな声が聞こえた。「ゴメン、みょうじ」
いつもよりずっと早く脈打つ心臓の音は、どっちのものなのかわからない。ごめん、ごめんな、と震える声に、顔の横の両手を動かせないまま、や、そんな、思ったより嫌じゃない、し、なんて訳の分からないことを口走ると骨が軋むほど身体が締め付けられた。
息が苦しかった。
彼の身体が酸素で膨らむ度に、抱き締められている自分も肩も上下する。
雨の音が煩い。
長いような短いような、なんとも言えない沈黙を越えて、やがて身体が離された。
「部活、行ってくる」
ぼそりと呟いた田中が、机の横の鞄を肩に掛けた。「ほんと、悪かった」
そう言って彼は歩き出した。頭のついていかない私は抱きしめられた時の体勢のまま固まっていて、両手が中途半端な位置で浮いていた。
行ってしまう。何か言わなきゃ、何か、穴に落ちたこいつのために光を灯さなきゃ。
「たっ……田中っ!!」
「あ?」
今になって思えば、なんかあったの?とか、話くらいなら聞くよ、とか、もっと他に気の利いたことを言えたんじゃないかと思う、けど、
「お、おいしいご飯食べて、いっぱい寝れば元気になるよ!!」
その時は、馬鹿みたいなことしか言えなかった。
「ぷっ、なんだよ、それ」
でも結局はそれでよかったのかもしれない。「まぁ、確かに、そうかもな」といつものようにニッと笑った田中を見て、私もあはは、なんて引きつった笑顔を返した。