第33章 夜明けを待つロンドン塔(田中龍之介)
高校生は、たまによくわからない穴に落ちる。
「……田中?」
午後から降りだした土砂降りの雨。
委員会の後、帰り際にふと覗いた自分の教室。
その薄暗い中で、窓を見ている坊主頭。
「田中、何してんの?」
時計を見た。17時を指すその針は、普段の彼ならここにいるはずないことを示している。
「……みょうじ?」
一瞬、本当に一瞬だけこちらに目線が向けられた。窓を叩きつける雨音に掻き消されそうな程頼りない彼の声に、思わず足が動く。
「何してんの?」
田中の隣の机の上に腰掛けて、同じ質問をした。「部活は?」
「いや、なんっつーか、その……サボり?みたいな」
はは、と乾いた笑い声はすぐに小さくなって消えた。いつもの勢いはまるで影を潜め元気の欠片もない田中の姿に、これは異常事態だ、と頭の中の警報が鳴った。
「失恋?」
「いや、」
「じゃあ恋わずらい?」
「そんなんじゃねぇ、けど」
ぼんやりと小さく、線香花火のようにポトリと落ちる声。
「俺も自分でも、よくわかんねぇ」
あぁ、これはからかっちゃダメなやつだ、と気が付いて、なんて声をかけたらいいのかわからなくなった。
私達は、たまによくわからない穴に落ちる。
どんなに必死に部活をしても、どんなに恋に夢中になっても、そのどす黒い穴は気がつかないうちに広がっていく。
友達とはしゃいで、さよならを言ったあとの帰り道。
眠れない夜の、真っ暗な部屋のベッドの上。
気が付かないうちにどんどん広がったその穴に落ちると、世界でたった独りぼっちになったような気になる。誰と話していたって孤独。何をしたって虚無。すべてのことを放棄して、死にたくないけど、ふっとこの世から消えてしまいたくなる、出口のない穴。
解決方法はわからない。私にもわからない。
落ち込んでるわけでも、悩んでるわけでもなく、ただただ、空っぽになるその現象は、なんて名前なのかわからないけれど、きっと誰にでも起こりうる。
この騒音発生装置の田中龍之介にも、きっとぽっかりと空いた穴がある。
でも、元気のないこいつは、なんだか調子が狂うなぁ、なんて。
なんとかして笑ってもらえないかなぁ、なんて考えて、机に腰掛けた自分の足をぶらぶらさせた。