第32章 クレオパトラの真珠(縁下力)
私は意地を張って床の上の本を見ていた。見ていた、というより視線を向けていただけだ。理解できない黒文字が白地から浮かび上がるくらいに見つめながら、私は縁下とのメッセージのやり取りを思い出していた。あの素っ気ないメッセージを。私がどんなに寂しい夜を過ごしたかを。
いつも恋人のことを一番に考えるなんて無理だってわかってる。
四六時中メッセージのやり取りをすることだけが、愛を深める手段じゃないことだって知ってる。
でも、私は寂しかった。
隣に座っている縁下は、長いこと黙っている。身動き1つしないので、気になってちらりと横目で彼を盗み見た。
彼は開かれたページをじっと見つめていた。床に片膝と両手をついて、白黒写真を食い入るように見つめていた。
真っ黒な瞳を、乱れた前髪が隠している。
それを見て、あぁ、やっぱり私はこの人が好きなんだと思った。
集中してる縁下は格好いい。格好いいんだよ。大好きなんだよ。
本当は連絡をとりたかった。電話したかった。
久しぶりに会って、楽しく会話したかった。喧嘩なんてしたくなかった。こんな面倒な彼女になりたいわけじゃなかった。
彼が忙しいことなんて百も承知だ。
でもさ、私は寂しかったんだよ。
この人は、恋人に寂しい思いをさせて、申し訳ないな、って考えないのかな。
ごめんな、って、一言謝らないのかな。
「ごめんな」
突然縁下が掠れた声で言った。「なんて、言わないからな。俺は」
「なっ……!」
なんですって!?と言おうとした口を彼の右手で覆われた。
しー!と左手の人差し指を唇に当てた縁下は、慌てたように周囲をきょろきょろと見回した。ここが人が滅多に来ない図書館の隅だとわかると、彼は安堵の息を吐いて右手を離す。
なんで?なんで謝らないの?
怒りを通り越して惨めになった。
涙目になって睨む私に、縁下は苦しそうな表情を見せた。
困ったように視線を横に向けて、自分の頭をわしゃわしゃと掻き回している。
それから、急に私の耳に唇を寄せると小さな声で言った。
「寂しかったのは、俺も同じだから」
はっと息を飲んだ私の口がまた塞がれた。驚いて固まる私に、縁下は噛み付くようにキスをしていた。