第32章 クレオパトラの真珠(縁下力)
中学生の頃、私は世界の中心にいると信じていた。
私が死んだらそこで世界が終わりだと信じていた。
私が世界の中心で、そして世界は"私の人生"という予め決められた台本を辿っているだけだと信じていた。
周りの人間は"私の人生"という名の劇のただの役者であり、ただの脇役にすぎない。
そう考えた時、私の心の声はみんなに聞こえているんじゃないかと不安になった。
みんな聞こえているのに知らないふりをしているだけなんじゃないか、と。
私の心の声をみんなでこっそり嗤っているんじゃないか。
片想いの気持ちが彼にバレているんじゃないか。周りの女の子たちにバレているんじゃないか。
心底心配した。
中学を卒業して、高校生になって、そこでようやく気が付いた。
私の心の声は誰にも聞こえない。
だからどんなに熱く見つめていても、想いは伝わらないんだということに、やっと気が付いた。だから縁下力に告白した。
彼と付き合ってからはずっと、どうして伝わらないんだと苛々することばっかりだ。
本棚に詰まった背表紙たちを眺めながら、私はこの図書館こそがこの世の果てなんじゃないかと考えた。
私は本なんて読めない。読みたくない。頭が痛くなる。
けれどどういうわけか、私が一生かかっても読みきれないほどの本たちがここに集まっている。この1冊1冊に、知らない人間が膨大な時間をかけて執筆しているのだ。信じられない。そんなわけない。
きっと全てのページに文字が詰まってるわけじゃない。私が手に取らない本たちは全て中身が真っ白なんだ。私が生まれた時から、読む本とそのページは全て決まっていて、それ以外のページは作ってない、白紙なんだ。きっとそうだ。
例えば、ゴビ砂漠の真ん中とか、グランドキャニオンの底辺とか。
私が一生のうちに行かない世界も本当は存在しないんだ。最初から作られていない。私の行動範囲の外側は真っ白。もしくは真っ黒。
そんな妄想をしていたら、図書館の一番奥まで来ていた。ここまで来たのは初めてだ。古くて分厚い外国の事典ばかりが並ぶこのコーナーは、誰も興味を示さないようで人の気配が全くなかった。
一番隅の本棚の、一番壁際まで歩いた。
ここがこの図書館の一番奥だ。この世の果ての一番奥。