第32章 クレオパトラの真珠(縁下力)
私の彼氏である縁下力は、バレー部に所属している。昨日まで夏合宿に行っていた。埼玉に。一週間も。
彼が合宿に旅立った初日、私は目が覚めるとすぐさまメッセージを送った。
『おはよう。練習頑張ってね!』
それから1日中返事を待った。忙しいのかな、なんて考えながら家でゴロゴロしていた。日が沈んでも既読はつかなくて、晩御飯を食べて、お風呂に入って、ベッドに入ってうとうとしかけた頃にようやくスマホが振動した。
『ごめん。今みた』
たったそれだけ。でも嬉しかった。返信しようとしたら続けてメッセージが送られてきた。
『もう消灯だから寝るね。おやすみ』
悲しかったけど、おやすみのスタンプを押しておいた。その日のやり取りはそれで終わった。
次の日、今日はこんなことがあった、あんなことがあった。私はいろいろ送った。でも返信が来たのは夜。
『楽しそうだね。今から風呂入ってくる』
それだけ。また会話が途絶えた。スマホを触る度に何度も確認したけど彼から返事はなくて、怒ったスタンプを送った。返事がきたのは次の日の朝。
『ごめん、寝てた。おはよう。練習行ってくる』
機嫌を損ねた私はそこでメッセージを送るのをやめた。その後4日間、彼からは何も送られてこなかった。
練習で疲れているのはわかる。一日中近くに誰かがいるのもわかる。でもさ、お昼休みの一瞬とか、お風呂あがりの歯を磨きながらとか、返信する時間はいくらでも作れるんじゃないの?夜中にこっそり布団から抜けだして、外で5分電話するくらいならできるんじゃないの?
私は随分我慢をした。
合宿が終わってバレー部が帰ってきた日、私は聞き分けの良い彼女を演じようと『おかえり!』と可愛いウサギのスタンプと共にメッセージを送った。そしたら返事はこうだった。
『ホント疲れた!でも夏休みの課題がヤバいから、明日は図書館で勉強しなきゃ。なまえも来る?』
それを見て私はスマホをベッドに叩きつけた。今ここに縁下がいたらその胸ぐらを掴んで問い詰めていたことだろう。どういうことだよ。勉強ってなんだよ。図書館ってなんだよ。私とデートはしなくていいのかよ。
怒りと悲しみでどうにかなってしまいそうだった。でもそれよりも会いたい気持ちのほうが強かった。『行く!』と文字だけでは元気よく返事をしてベッドに潜り込んだ。