第32章 クレオパトラの真珠(縁下力)
集中している縁下は格好いい。
空調の風でふわふわ揺れる髪の毛と、伏し目がちに動く視線。
スン、と小さく鼻をすすったり、長い指をこめかみに乗せて考えこんだり。
テキストの文章を追いかけて、真っ黒な瞳が右から左に流れて、また右に戻って、左に動いて、それからふと視線を上げて周囲を伺った後、彼は困ったように眉を寄せて私に言った。
「なまえ、俺じゃなくて自分のノートを見てくれない?」
小さく小さく、うんと潜められた声。
そうだった、と思い出して私は慌ててそっぽを向く。真横の入り口にかかる『自習室』と書かれた看板が目に入った。
そうだった。私は今、彼に怒っているんだった。