第31章 己に如かざるものを(月島蛍)
「山口くん、元気?」
「元気だよ。相変わらず」
「そっかぁ。それは何よりで」
向い合ってケーキをつつきながら、なまえと会話をした。しながら、やっぱり帰ればよかったと後悔した。味は申し分ないけど、話せば話すほど、小さいころの淡い想いが蘇ってくる。
「ツッキーは彼女さんいる?」
「いない」
「そうなんだー」
「何ニヤついてんの?ムカつく」
「そんなんじゃないよ」
「自分は彼氏いるんですーって自慢したいだけデショ」
「そんなんじゃないですー」
なまえは月島の口調を真似してから、ふふ、と笑った。「良かったな、って思ったの!」
「はぁ?」
本日3皿目のショートケーキから顔を上げて、なまえを見た。目が合うと「そうそう、その顔」とフォークの先を向けられる。見た目は可愛いのに、マナーが悪いところは昔から変わってないみたいだ。
「ツッキーってさ、あんまり仲良くない人には作り笑顔するじゃん。だからツッキーに『はぁ?』って顔されると、嬉しいな」
「変人」
「よく言われる」
「こんなのに付き合えるなんて、キミの彼氏はそうとう器が大きいね」
「まあまだ付き合って3日目ですけど」
「は?」
「私、白鳥沢入ってからいろんな男子に告白されるの。全員断ってないんだけど、全員一週間以内に振られてる」
楽しそうにケーキを頬張るなまえに、心底呆れ返ってしまった。
「難関中学受験を乗り越えた優等生も、随分と性に奔放になったもんだね」
「いやいや、私の尊厳のために言わせてもらおう。私は自分から告白したことはないよ。ついでに、キスもしたことない!」
何が面白いのか、なまえは、あっはっは、と両手を叩いて豪快に笑った。それを見ながら、あぁ、だから長続きしないのか、と納得がいく。