第31章 己に如かざるものを(月島蛍)
「そっかぁ。バレーやってるのかぁ」
なんだっけ、なんだっけ……とそわそわと独り言を呟く声を背に、会計を済ませて店の外に足を向けた。自動ドアの前に立った瞬間、あ、思い出した!と彼女の声が飛んできた。
「ツッキー!!」
その呼び方に足が止まる。そうだった。僕は小学校時代、彼女からもそう呼ばれていたんだった。
「ツッキー!ちょうど良かった、暇なら付き合ってよ!」
なまえは突然そう言って腕に絡みついてきた。驚いて返事ができないでいると「買い物!」と屈託のない笑顔を向けられる。ペースを掻き乱されてる自分に苛ついて、腕を振りほどきながら店の外に出た。
「僕、もう帰るんだけど」
「いいじゃない、せっかくの日曜日なんだし!」
「キミと違って暇じゃないから」
「これ見ても同じこと言える??」
じゃじゃーん、と彼女が広げたリーフレット。それは駅前に先週オープンしたばかりのケーキバイキングの広告。月島がずっと目を付けていた店。それはズルいぞ、と彼女を睨めば意味ありげに目を細められる。
震える口元を無理矢理釣り上げて「そんなので僕が動くとでも?」と嘲笑ってみたところでなまえには通用しないようで。「素直になれよ、ツッキー」と無駄に明るい声が返ってきた。
「キミの好物がショートケーキであることは覚えているぞ。この店が男子高校生が1人で入れないくらいにキュートな内装であることも、キミが誰かを誘えないほどプライドが高いことも、私は知っている」
ニヤニヤと笑う彼女に、ぐっ、と奥歯を噛み締めた。なまえと出会うのは小学校卒業以来だから実に3年以上振りになる。滅多に顔を合わせないのだから、ここで恥を忍んでケーキを食べに行っても、次に会うのはきっと数年後だ。むしろ、店に行きたくても行けない状態にこれは絶好の機会なのではないか。そうに違いない。そう思うことにする。
「……まあ、どうせ予定もないし。少しくらいなら付き合ってあげてもいいかな」
盛大に顔を逸らして言う月島。なまえからは眼鏡のレンズが反射して彼の表情を読み取ることができなかったが、きっと満更でもない顔をしているんだろう。「やったね!」と月島の腕を引っ張った。
「とりあえず、その前に私の買い物に付き合ってよ」