第31章 己に如かざるものを(月島蛍)
触れ合った瞬間、静電気とは違う痺れが走って思わず手を引っ込めた。すみません、と謝ったその女子を無視して、再び雑誌に手を伸ばす。
「あれっ、蛍じゃん!」
「え?」
突然その子の口から自分の名前が飛び出したので、腕を伸ばしたまま固まってしまった。
「やっぱり、蛍だよね!?久し振り!」
「誰?」
正直な疑問を口にする。これほどの容姿端麗な子、学校で見たこと無い。そして僕のことを下の名前で呼ぶ奴も、記憶にない。
「え、やだ、忘れちゃった?」
彼女はショックを隠し切れない様子で、ほら、私だよ、私。と自分自身を指さして言った。「白鳥沢の!」
“白鳥沢学園”
その学校名に思い当たる知り合いが1人いた。月島の通う小学校で唯一、難関中高一貫校に進学した同級生。
「あぁ、」
斜め上に視線を向けてぼんやりと呟いたあと、名前を思い出して「あぁ!」と彼女に焦点を合わせた。それから、「え、なまえ!?」と渋い顔をした。記憶にあった少女と、目の前にいる人物が似ても似つかなかったからだ。
「そうだよ!なまえだよ!」
コロコロと表情が変わる月島に、なまえが思わず噴き出した。「忘れちゃったのかと思って焦ったじゃん!やめてよー」
ニッ、と笑う目元に、昔の面影が顔を覗かせる。
「そんなに見た目が激変したら気付くわけ無いデショ」
「確かに。昔は眼鏡だったし、髪も男の子みたいに短かったもんね」
なまえは横髪にくるくると指を絡ませた。「蛍は変わってないからすぐわかったよ。相変わらず背が高いし、相変わらずカッコイイね」
“カッコイイね”
なまえに昔良く言われた言葉。今でも周りからよく言われてる言葉。容姿を褒められることは慣れていたはずなのに、何故か胸が疼いた。
そのことに嫌悪感が差して、目当てだった雑誌を乱暴に取ってレジに向かう。
「あっ!あっ!バレー!まだやってるの!?」
なまえが当然のようについてきた。まあね、と彼女のことも見ずにレジに商品を置く。