第30章 みんなでシェアハウス(ごちゃ混ぜ3年生ズ)後編
「あ、」
菅原が扉を開けると、丁度反対側から開けようとしていた岩泉一と鉢合わせた。水気を含む髪をタオルで拭く彼に「風呂、入ってたんだ?」と声を潜める。
「おう、バイトで汗かいたからな」
「そっかそっか。お疲れ」
「お前もいつも勉強お疲れさん」
菅原の背後では黒尾、及川、なまえの乱闘騒ぎが始まっている。その騒音さえ日常と化した生活を送るうち、いつからか同じ常識人である岩泉とは顔を合わせる度にお互いを労う言葉を交わすようになった。
「そっちに白衣なかった?」
「いや、見てねぇけど」
「岩泉、授業で使ったりする?」
「つなぎなら使う」
工学部航空宇宙工学科である岩泉は、菅原と同じ理系でも学んでいることは全く違う。「だよなぁ」と相槌を打って「明日1限から授業だから買いに行く暇もないし。困ったな」と眉を寄せた。
「黒尾は持ってんじゃねぇ?あいつ生物系だろ」
「そういやそうか……どうしても見つからなかったら聞いてみる。ありがとな」
「おう」
念のため脱衣所へ向かった菅原と入れ違いに、岩泉がリビングに入った。
「よお、なまえ」
何故か床に倒れている及川と黒尾はスルーして仁王立ちの彼女に声をかければ、よっす!と元気な声が返ってきた。
「岩泉くん、この前の流体力学どうだった?」
「お前のお陰でなんとかなったわ。ありがとな」
「いえいえ。計算だけは私に頼って!」
「さあ、次は岩ちゃんの番だ!」
床に転がっていた及川が、がばりと顔を上げた。
「あ?」
「ずばり、愛とは?」
「はぁ?急にどうした」
「岩ちゃんは、愛って何だと思う?」
「知らね」
「目を背けるな、少年」
黒尾もゆらりと身体を起こした。「俺たちみんな答えてんだよ。中2くさい恥ずかしいこと言ってるんだよ。お前だけ逃げるなんて選択肢はねぇよ」
「中2くさいのは黒尾だけでしょ」
「黙れなまえ。お前の答えも相当イタかったぞ」
「うるさい」
なまえにタイキックをかまされ再び床に沈み込んだ黒尾を眺めながら、岩泉は「愛、ねぇ……」と腕を組んだ。
彼の頭に浮かんだのは昨夜自室で観たTV番組。芸人の男が街で出会った女性をからかって言った台詞。
"僕達は72億分の1の確率で出会ったんだ。愛の力で!"
そして、頭悪そうなこと言うなよ、と呆れた自分。