第29章 みんなでシェアハウス(ごちゃ混ぜ3年生ズ)前編
「愛?」
菅原は一瞬眉を潜めた。突拍子もないことを聞かれるのはいつものことだ。うーん、と顎に右手を当てて少し考えたあと、彼は優しい表情で呟いた。
「『慈しみの心』……かな」
まさに慈愛に満ちたその瞳に、及川と黒尾に電撃が走る。先程までの自分たちの議論が如何に愚かなものだったか。ゆっくりと立ち上がった黒尾は「ごめん、俺木兎のこと殴ってくるわ」と言って101号室の中へ消えていった。
「え、え、何? 痛い痛い痛い!!」
響き渡る絶叫に、そこ、俺の部屋なんだけど、と及川が無表情になる。
ドタンバタンと音がして、やがて木兎が逃げるように飛び出してきた。
「あ、木兎、俺の白衣知らない?」
2階を目指す彼に菅原が尋ねると、「知らねー!!」と言って階段を駆け上がっていってしまう。
「てかさ、」
今の今まで数式に没頭していたなまえが突然顔を上げた。「『支配と従属』って、経営を学ぶ及川が言う台詞?」と尋ねると「お前その話今更蒸し返すなよ……」と黒尾が生暖かい視線を向ける。
「違うよなまえちゃん。それが尊敬という土台の上にあるからこそ、上下関係は崩壊しにくいの!」
「私、及川が恋愛に上下関係持ち出すと思わなかったな」
「何いってんのさ、亭主関白、かかあ天下。男が威張って女が裏で操るからこそ長続きするんでしょう!」
「なるほど……でも及川はどっちかっていうと相手を手懐けて振り回すほうだよね」
「え、そう?なんか照れるなぁ」
「褒めてねぇよ」
黒尾が突っ込む。「まぁなまえには愛を語るには早ぇよな。ガキだから」
「数式が彼氏だもんね!」と悪ノリする及川に、なまえの眉間がひくりと動いた。
「黒尾、及川、ちょっとそこになおりなさい。然るべきところに正しく座りなさい。制裁を加えます」
やべ、と青ざめた黒尾の横で、菅原は「脱衣所の方にあるのかな……?」とぼやいて奥の扉を開けた。
「あ、」