第28章 星は燃えているか(東峰旭)
「私も、ピアノを弾きたくない時期があったよ」
なまえが振り返った。「上手くなりたくて、でも結果がついてこなくて。辛かった。テレビから流れるピアノの音を聞くだけで泣いちゃうくらい、辛かった」
真っ直ぐに見つめる彼女の瞳を見ていられなくて、足元の自分の鞄を見た。
「………バレーとピアノは、違う」
「そう、違う。でも同じ。私、音大に行くって決めた時、お母さんに言われたの。『好きなことを仕事にするなら、それを嫌いになっても続ける覚悟がなきゃだめだ』って」
なまえは恋をした少女の様な声で言った。「好きなことを本気でやると、いつか嫌いになるときがくる。それは当たり前のことだよ。好きだから嫌いになるんだ。辛くて、苦しくて、泣きたくて。でも好きな気持ちは止められなくて………でも聞いて、それを乗り越えた先に、"もっと好き"が待ってるの」
「………っ、」
好きだから、嫌いになる。
好きだから、辛くなる。苦しくなる。泣きたくなる。
『ネットの向こう側が、バーっと見えるんです』
昼間の1年生の言葉が頭の中で反響する。
『ボールの重さがこう、手にズシッとくる感じ』
自分の右手を見た。スパイクを打つときのあの感触が蘇ってくる。
『大好きです!』
「行きなよ、体育館」
静寂の中でポツリと声がした。「今日行かなかったら、東峰くん、明日死ぬよ」
「へっ!?」
驚いて顔を上げた。今日初めて噛み合う視線に、息が止まりそうになる。
「今日家帰って、夜になって寝たらそのまま目が覚めないよ」
「……そんなの、」
「嘘だと思ってる?残念。私には未来が見える」
なまえは真剣な顔をして言った。「菅原くんと澤村くん、泣いちゃうよ。あいつと最後にまたバレーしたかったって。泣いちゃうよ」
「………」
未来が見えるなんて嘘だ。
俺が明日死ぬなんて嘘だ。
でも笑い飛ばすこともできない。鼻の奥がツンとした。