第28章 星は燃えているか(東峰旭)
「聞いただけで楽譜が書けるのか?」
「絶対音感はないけどね。何度も聞けばわかるよ。ソの音は、” ソー ”って感じに聞こえるから」
そう言って顔をほころばせた。帰るタイミングを失って直立している俺に、彼女は「東峰くんは今日も部活、行かないの?」と尋ねた。
「えっ、何でそれを……ってか、俺のこと知ってるの?」
「バレー部でしょう。菅原くんと澤村くんと良く一緒にいるからさ。覚えちゃった。東峰くん、目立つしね」
「君は、4組なの?」
「そう。3年4組、みょうじなまえと申します。以後お見知りおきを」
そう言って楽譜をスクールバッグにしまった。「菅原くんも澤村くんも、最近すっっっっごく表情が暗いよ。あなたが部活に来ないから。私、そんな2人見たくないなぁ」
「…………」
返事のできないでいる俺に、なまえは「部活行かないなら勉強したら?受験生なんだし」と呑気に言った。
「俺は進学するつもり無いから」
「じゃあ、資格勉強とか?」
他人事のような彼女の言葉に少しムッとする。
「それだったら、君こそ部活行くか勉強したら?進学クラスなんだし」
「私は帰宅部!」
なまえは椅子から立ち上がって、胸を張って言った。「そしてこれが私の受験勉強」
漆黒のグランドピアノの上を指が滑った。
「私、音大受験するの。聴音、楽典、新曲視唱。あ、センター試験は受けるけどね」
楽しそうに言うその顔に、嫉妬の気持ちが沸き起こる。惨めな今の俺には、幸せそうな奴がみんな憎らしい。
「あぁ、そう。じゃあ邪魔しちゃ悪いな」と乱暴に言って帰ろうとしたら「まあ待ちなよ」と呼び止められた。
「こっち来て。ここ、座って」
そう言ってピアノの後ろにあるパイプ椅子を指さされる。
「あのなぁ、俺は、」
「どうせ暇なんでしょう?私も今日のレッスン休みになっちゃってさ。暇なんだよ」
話してご覧よ。東峰くんに何があったのか。
そう言われた。
少し迷った。けれど、誰かに縋りたい気持ちもあったのかもしれない。
頭で答えを出す前に、足は前へ踏み出していた。