第26章 Hey, my love. (黒尾鉄朗)
「よお、遅かったじゃねえか」
席に座ろうとしたら、隣に座っていた男性が私を見上げた。その顔を見て「ん゛っ!?」と謎の声が出た。この人、見たことあるぞ。さっき渋谷にいなかったか?
私の趣味であるぶらり途中下車散策の最後の締めに寄った映画館。偶然にも隣の席に同じ学校の先輩が座っていた。名前は知らない。話したこともない。だけど、” 遅かったじゃねえか ”とはどういう意味だ?
よくわからなかったが、どうも、とだけ返事をしておいた。
「お前、それさ……」
先輩は何やら笑いを堪えてる様子で、私の手に持っているものを震える指で示した。先程売店で買ったポップコーンと炭酸飲料とホットドッグとチュリトス。
少し恥ずかしくなって、「あ、朝から何も食べてないんで……」と嘘を吐いたら盛大に噴き出された。
「そうかそうか!何も食べてないんならしょうがねぇなぁ!」
ずいぶん遅い朝食だなぁ?なんて大きな声に、前に座っていたお客さんたちが振り返る。顔が熱くなって前の座席に隠れるように自分の席についた。
「あの、先輩、」小声で話しかける。
「黒尾鉄朗な」
「……黒尾先輩は、なんでここにいるんですか?」
「そう言うなまえちゃんはなんでここにいるんですか?」
「なんでって……たまたまです」
「じゃあ俺もたまたまです」
「はぁ」
そりゃそうですよね、なんて間抜けな言葉が出る。スクランブル交差点で目が合うことも、映画館の座席が隣同士になることも、そこに何も意味はない。ホットドッグを口に頬張りながら、私はこれから2時間この先輩と映画を観るのか、と考えた。なんて気まずいんだ。今のがファーストコンタクトだったのに。