第26章 Hey, my love. (黒尾鉄朗)
「あの、先輩、」
「黒尾鉄朗な」
「……黒尾先輩」
「なんでしょう?」
「私、1こ席ズレましょうか?隣空いてるみたいなんで」
「この席を買った人は、この席に座っているべきです」
「でも、私が隣でポップコーン食べててくつろげますか?」
「くつろげますとも」
そう言ってひょいとポップコーンを摘んで口に放り込んだ。それから鞄を漁りだした先輩を見て、「そう、ですか」と返事をしたところに、先輩の鞄から見覚えのあるCDが出てきた。
「あ、それ」思わず声が出る。
「何?」先輩が私を見た。
「それ、私も買いました」
「へぇ。好きなの?このバンド」
「はい、好きです」
私は嬉しくなって答えた。こんなところで共通の趣味が見つかるなんて。「黒尾先輩も好きなんですか?」
「さぁ。聞いてみないとわかんねぇな」
「聞いたことないんですか?」
「このバンドの名前も今日初めて知った」
「良いバンドですよ」
そう言った直後、場内がふっと暗くなった。ブザーが鳴って、本編前の予告映像が始まる。
「これ観終わったらどっかで飯食おうぜ」
耳元で先輩が囁いた。見ると、なんだか意地の悪そうな顔をしている。大丈夫か、この人。なんて考えていたけれど「奢ってやるから」という言葉に「わかりました」と即答してしまった。この人は私が食べ物に釣られやすいことを知っているのだろうか。いやいやそんなわけないか。
END