第26章 Hey, my love. (黒尾鉄朗)
スクランブル交差点で目が合ってから以降、彼女は1度も振り向かない。洋服のタグを熱心に見つめるそのすぐ横に立ってもみたけど、全然気付きやしない。やがて目ぼしいものがなかったのか、店の外へと出てしまった。俺も後に続く。
クレープを買った。
タピオカミルクティーを買った。
コンビニのゴミ箱にゴミを突っ込んだ。
雑貨屋に入った。
雑貨屋を出た。
CDショップに入った。
知らないアーティストのシングルを買った。
CDショップを出た。
ヒレカツサンドを買った。
気の向くままに街を巡る子猫チャンを追いかけるのはとても楽しかった。
日が陰ってきた頃、辿り着いた先は小さな映画館。
チケットカウンターで注文している彼女のすぐ後ろに並ぶ。それでも全然気付かない。なぁ、俺のこと見えてる?それとも、実は気付いてて無視してるワケ?
彼女が退いた後、お待たせしました、と店員が無愛想に言った。
俺は得意の営業スマイルでカウンターに肘をついて言った。今日何度も口にした言葉。
「さっきの彼女と同じやつ、お願いします」
店員は眉を潜めたが、面倒な客に関わりたくないのか、はぁ、と気の抜けたような声を出した。
「お席はどちらに」
「さっきの子の隣」
「右隣の席と左隣の席がございますが」
「じゃあ左隣で」
「かしこまりました」