第25章 確かに君が好きだった(夜久衛輔)
「忘れるよ。夜久は忘れる」
何を根拠にしているのか、なまえもはっきりと言った。「私、その好きだった人のこと、本当に好きだったのに忘れちゃったもん」
「俺は?俺のことも忘れちゃうの?」
少し切なくなって聞くと、「どうだろうね」と曖昧な返事。「こんなチビでうるさい奴、中々忘れられないかもね」
「俺はなまえのこと、忘れないよ」
なまえがハッとしたようにこちらを見た。それから、「これじゃあ水掛け論だ」と笑った。
こんなに好きな人と2人きりで話せているのに、俺はこの浮かれた気持ちを忘れてしまうのだろうか。
確かに中学の頃の記憶は薄れてきている。思春期真っ只中の当時、何に悩み何に喜んで日々を過ごしていたのか、今はもう思い出せない。
同じように、今この瞬間を俺もなまえも忘れてしまうのだろうか。
「それじゃあ賭けをしよう」
なまえが言った。「高校卒業してさ、20歳になったら成人式するじゃん。どうせバレー部のみんなで集まるわけじゃん。その時、先に今日の約束を話した方の勝ちってことにしよう」
「勝ちって……」
俺は笑ってしまった。この議論の解決をそんな先延ばしにする必要はあるのだろうか。けれどなまえは本気のようで「負けた方はその日の飲み会代おごる!」と人差し指を立てた。
飲み会。その単語がひどく魅力的に感じた。彼女と酒を酌み交わす夜なんて、この青空を照らす太陽のずっとずっと向こう側にあるような気がする。
「いいよ、やってやろーじゃん。俺、勝つ自信あるよ」
「私だって!」
なまえがパッと立ち上がった。「アイス買いに行こ!先にゴールしたほうが負けた方におごってもらう!」
そう言うが早いが、走り始めてしまった。
おい待てよ!ずるいぞ!と俺も後を追う。