第25章 確かに君が好きだった(夜久衛輔)
なまえはひとしきり笑ったあと、急に真面目な顔になって言った。
「私、中学の頃好きな人がいてさ、」
その言葉に心臓がズキリとする。
「3年間、片思いして、高校が別になるから卒業式で告白して振られたんだ。振られて、すごく辛くて、死にたいくらい落ち込んで、音駒に入学しても実はちょっと引きずってた」
へー、と興味なさそうに返しながら、なぜ今そんな話を?を心の中で問う。
好きな人が好きだった人の話なんかされて、こっちが辛くて死にたいんですけど。
そんな俺には気にしない様子で、なまえは話を続けた。
「でも、ここでバレー部のマネージャー始めて、最近その人のこと忘れてたことに気付いたの。毎日のように考えてたのに、今はもう顔すら思い出せない」
「俺たちとの部活が楽しすぎて?」
「そう、今が楽しすぎて、忘れちゃった」
なまえが空を見上げた。「忘れちゃうんだね、人間って。あんなに好きだったのに。あんなに彼のこと一生忘れないって思ってたのに」
「人間は忘却の生き物って言うもんな」
俺はなんでもないような振りして答えた。「全て記憶してたら、脳が混乱しちゃうんだって」
「うん。私、いま毎日が楽しい。みんなのこと大好き」
なのに、いつか忘れちゃうのかな。
そう言った彼女は笑っていたけれど、すごく寂しそうな目をしていた。
「こうやってここで夜久と話してることも、いつか忘れちゃうのかな」
「忘れないよ」
俺は自分の靴紐を弄りながら言った。「忘れない」
「わかんないよ?卒業したらあっさり忘れちゃうかも」
なまえがなんだか泣きそうな気がしたから、「じゃあ約束しようか」と呟いた。
「俺たち、今日の日のこと、絶対忘れないようにしよう。約束しよう」
「そんなの、どうするの」
「俺は忘れない」
「忘れるよ」
「忘れない。絶対、忘れない」
俺はわざと明るく答えた。「俺、記憶力いいほうだからさ」
だって、こんなに君のことが好きなのに。忘れるわけないじゃないか。