第22章 境界線を跨ぐ(西谷夕)
「…っ、ゆう、……ふ、んん」
合わさった唇の隙間から声が漏れる。執拗に絡めとられる舌に、身体の中心が熱くなっていく。
あれから夕と私はスマホに書かれているキスのやり方を上から順番に実行した。もちろん逐一感想を述べ合うこともしない。
それはまあいいのだが、持ち前の勘の良さと向上心を遺憾なく発揮した夕は全てのテクニックを習得してもなおキスをやめようとしなかった。いつの間にか複数の技を組み合わせて緩急をつけて私を揺さぶり始め、リストに載っていない応用技まで編み出してくる始末だ。私は気持ちいいのと恥ずかしいのと訳がわからないのとで、後半のほうはずっと彼にされるがままになっていた。
なんとか逃れようと悪戦苦闘した結果、現在は貯水槽の壁を背もたれに地べたに座り込んで、両手を背後の壁に押し付けられている状態になっている。逃げようにも男子の力に勝てるはずもない。
「……なまえ、舌、もっと出せ」
荒い呼吸で夕が言った。
この要求も何度目だろうか。黙ってそれに従うと優しく吸い付かれて甘噛みされる。ゾクゾクと快感が背中に走った。
夕は夢中で私の唇を貪っている。
けれどそれは欲情に突き動かされているわけではなく、彼が納得いくまで続けていると言った方が、きっと正しい。
舌で口内を犯して、唾液を交換して。私の反応が悪ければ別のことを試す。私の身体がぴくりと動いて、声が漏れて、尚且つ夕自身も気持ちよければそれを何度も繰り返す。短い時間の中で私の弱点が上顎を舐められることと舌を軽く噛まれることだと発見したらしい。なんという冷静さと向上心だろうか。
あぁこれは、と、ここにきて自分のしでかしてしまった事の重大さに気がついた。私は軽率だった。彼をファーストキスの相手に選ぶまえにもう少し考えるべきだった。