第21章 ユビサキサクラ講座入門編(及川徹)
「ねぇ、さっきの返事、聞かせてよ」
廊下の突き当りまで来た時、少年が言った。真面目腐った声の彼の顔を見ると、自信に満ちた目でこちらを見つめていた。
「何の話?」なまえはたじろいでとぼけてみた。
「俺がお姉さんの彼氏になる話」
「あぁ…もう少し大きくなったらね」と誤魔化す。
「大人はすぐそういうこと言う」
少年は拗ねたように頬を膨らました。「でもいいや、俺が高校生になったら、お姉さん俺と付き合ってください」
約束だよ?と人懐っこい瞳でなまえを見上げた。
「10年後、俺、この高校でバレー部のエースやるから。試合見に来てよ。そんで、俺のこと好きになって」
こんな熱烈な告白、今まで生きてきた18年間で初めてだ。自分の半分程度しか生きていない少年に言い寄られて、セッターはエースになれないんだよ、と言おうとした口を閉じる。
「…キミ、」
なまえは圧倒されてまじまじと少年を見た。「キミ、名前は?」
「俺?」
少年はピンク色の薄い唇を開いた。「俺は……」
「たける!!!!」
その時廊下のずっと向こうから絶叫が聞こえた。驚いてそちらを見ると、同じクラス兼バレー部主将の及川徹が立っていた。今日は黒いマントを羽織ったドラキュラに扮し、お化け屋敷のレジ係として道行く女子たちを金づるにしていたはずだ。なぜ彼がここに、と人混みを掻き分けてこちらに駆け寄ってくる彼を見遣る。怒りに満ちた瞳で少年の前に立った及川は、私の存在に気がつくと「はっうぐう!?」と謎の鳴き声をあげた。
及川は口をぱくぱくさせながらタケルと呼んだ少年を見て、私を見て、そして猛然と少年の肩を掴んだ。
「どこいってたんだよ、猛!?」
50cm以上もあるかという身長差で、彼は大袈裟なほど猛少年に詰め寄った。「心配したじゃないか!!!」
「突然どうした徹、父性アピールか」
猛くんはさほど驚かずにわたあめを一口噛じった。「徹が邪魔だからどっかいけって言ったんだろ。好きな子をお茶に誘うからって」
「うげっ…!そそそんなこと言ってな…!!」
「言った!嘘つくのか?」
うぐ、と固まる及川に、なまえは「及川、あんた弟になんてことしてんのよ!」と叱りつけた。