第21章 ユビサキサクラ講座入門編(及川徹)
2人で混み合う校内を歩く。傍から見れば姉弟のように見えるかもしれない。けれど少年にとっては年上の女性とのデートのつもりらしく、しきりに手を引いてエスコートをしてくる。小2だと言っていたが平均身長よりは高いであろう彼に、ねえ、何処に行こうか、なんてときめく言葉を掛けられる。長いこと恋人がいなく枯渇状態だったなまえにとってはそれだけできゅんとしてしまう。
「3年の階に行かない?」
なまえは提案した。「お化け屋敷とかあるよ」
けれど少年は顔に思いっきり嫌悪感を表して「そこはさっき回ってきた」と言った。「お化け屋敷には行かない」
それをみて、怖いのかな、なんて考える。なまえもクラスの皆が働いているところに、やぁやぁみなさんお疲れ様、なんて顔を出すのは気が引けるので都合が良いと言えば都合が良いだろう。
「あ、見て、サクラ」
少年が突然教室の前で立ち止まった。こんな季節にサクラとな?と首を傾げて中を覗くと、巨大な模造紙に描かれた木のイラストに、桃色の花びらの形の付箋が大量に貼られていた。
『みなさんの願い事を書いてください。満開の桜となって、叶いますように』
黒板にそう書かれていた。近づいて見てみると、1枚1枚に手書きの願い事が書いてある。
『偏差値アップ!』『谷中先生のお嫁さんになりたいなー』『家族が長生きしますように』『将来禿げたくない…』
真面目なものから、くすりと笑えるものまである。お姉さん、これこれ、と袖を引かれる。見ると、中央のテーブルの上に付箋とペンが置かれていた。なるほど、これに書いて模造紙に貼れば良いのだな。
少年からペンを受け取って、さて何を書こうか。と思案した。
バレー部全国大会出場とか、志望校合格とかかな?
いろいろと考えたが、真面目に書くのも恥ずかしかったので、結局、『彼氏が欲しい』と今一番切望していることを書いておいた。
先に模造紙に貼っている少年の付箋を後ろから覗きこむ。力の入ったガタガタの文字で『サーブがうまくなりたい!』と書かれているのが見えた。
「サーブ?」尋ねると、「うん!」と少年が目を輝かせた。「俺、バレーボール始めたんだ!」
その表情は歳相応に小学2年生の笑顔だったので、思わずほっとする。