第2章 HCOOCH3(菅原孝支)
「ねぇ、みょうじ」
「なあに?」
二人は並んで夜空を見ていた。
「俺は馬鹿だから、みょうじと同じ景色を見ていても、みょうじと同じ気持ちになることは難しいんだ」
夜の風は冷たかったけど、不思議と寒くはなかった。
「だから、みょうじの頭の中、少しだけ整理して見せてほしいんだ。ちゃんと、俺にもわかるように、もっと言葉で伝えてほしい」
なまえは嬉しそうに、ふふ、と笑った。
「あなた、ずいぶん私に興味持つのね」
「俺はここ最近、ずっとなまえのこと見てたよ。
知ってた?俺達、この春、クラスメイトになったんだ」
「そうだったかしら」なまえは肩を竦めた。「でも嬉しいな。こんなに私の話を真剣に聞いてくれた人って、菅原が初めてだもの」
初めて名前を呼ばれて、菅原は目を丸くした。
「俺の名前、知ってたの?」
なまえはえぇと、と考え込んだ
「菅原...たかしかな?」
「こうしね、孝支」
「そう。間違ってごめん」
ごめんと謝る割に、覚える気はなさそうだ。
「じゃあさ、俺がなまえのこと好きだったことも、知らないんだ?」
「うん。知らなかった。私って、知らないことばっかりなのねっっ」
「うわっ」
なまえが突然抱き付いてきた。菅原は受け止めきることができずに、二人とも地面に寝転がった。なまえは子供のように声を上げて笑って、菅原の鎖骨に唇を寄せた。熱い吐息が首筋に当たる。
また匂いをかいでいるのだと気づいて、身体の奥が熱くなった。
「宇宙ってね、ラズベリーと金属の混じった味がするんですって」
なまえが囁くように言った。
宇宙飛行士が船外活動から戻ってきたとき、宇宙服に香りが残っているそうよ。
菅原はその話を聞きながら、西谷に無香料の制汗剤を借りといて正解だったな、とぼんやりと思った。柔軟剤の甘いにおいと、自分の持っている制汗剤のにおいが混ざると気持ちが悪いと考えたからだ。