第19章 みんなで遊園地(烏野逆ハー)午前の部
それはきっと、彼の精一杯の優しさなのだろう。なまえは感激して「月島…!」とその横顔を見上げた。
突如、絶叫と共にドアが開いた。驚いたなまえの目に包帯で巻かれた人間が飛び込んでくる。
「えっ!!人!?人間も来るの!?人形じゃなくて!人!!」
少しズレたポイントに混乱しながら、今来た道を引き返そうとした。その腕を、月島に掴まれる。
「離してツッキー!私はもう無理!帰る!」
「大丈夫ですよ、バイトの人達はお客さんに触っちゃいけないって決まってるんです」
セクハラで訴えられないように、と付け足す彼に「それがどうした!?」と叫んだ。
「私は怖いの!帰るの!」
しばらくギリギリと互いに引っ張り合っていたが、突然月島が「あぁそうですか」と手を離した。なまえの身体が前へとよろめく。
「戻りたいなら独りで戻ってくださいね。僕は出口を目指しますから」
そう言って背中を向けてしまった。
そんなふうに言われたら、ついていくしか選択肢はない。
「ずるいよ、月島」
しぶしぶ彼の服を掴む。そんななまえが涙目になっているのに気が付いて、月島はため息を零し肩に掛けていた荷物を漁りだした。「…苦手なら、強がりなんてよせばよかったんですよ」
なまえが俯いていると、ヘッドホンを被せられた。顔を上げると、彼と目が合う。
「目は瞑ってていいですから、せめて静かにしててくださいね」
乱暴に肩を抱かれた。ぐいぐいと背中を押されて、足が自然に前へと動く。
なまえは突然の優しさにびっくりしながらも「この無様な姿は、みんなには内密に」と懇願した。それに対する返事はなく、代わりにアップテンポの洋楽が流れ始めた。
長身の月島の歩幅に合わせて、スピードを上げて歩く。そうか、さっきまでは私に合わせて歩いてくれていたのか、なんて今更になって気付いても遅い。目を閉じて彼の身体に顔を寄せると、小さい頃、怖くて親の布団に潜り込んだ夜を思い出した。
時々ヘッドホン越しに聞こえる何かの悲鳴や、突然顔に当たる風なんかに身を竦めながらも、なまえは黙って彼に従い続けた。
やがて立ち止まって肩を叩かれる。目を開けると、前方の暗闇の中に光が差し込んでいるのが見えた。
「出口ですよ」ヘッドホンを奪われそう告げられた。
「無様な姿は内密にするんですよね」