第17章 その件については前向きにご検討ください(岩泉一)
なまえは同じ大学に通う同窓生だ。学科も同じで、たまたま住んでいる部屋が同じ学生マンションの上下だった関係から、何かと懐かれてしまっている。
やがて水の流れる音が聞こえて、ドアが少し開いた。恥ずかしそうに顔を出したなまえは、目が合うと「えへ」とはにかんだ。
「えへじゃねぇよ」
「ごめんなさい。ありがと」
そう言って出てきた姿を見て、あぁ、と目線を逸らした。大学で見かける姿とは違って、今日はノーメイクで柔らかそうな部屋着を着ている。淡いピンクのパーカーに、お揃いのショートパンツ。
いくら同じマンション内だからって、この格好で部屋の外に出るのは不用心すぎるだろう。
そんな自分の気持ちを知ってか知らずか、なまえは両手を身体の後ろに回して申し訳なさそうに口を開いた。
「あのね、自分の部屋にいたんだけど、トイレットペーパーが切れてたの」
あぁ、それで?と相槌を打つ。それで、結局何が言いたいんだ。
「だからさ、はじめくんちの1個もらっていいかな?」
なまえは後ろで隠していたそれを胸の前で抱えた。
「……男子の部屋からトイレットペーパーを借りる女子って、いろいろと残念だな」
「もう、そういうこと言わないで。頼れるの、はじめくんくらいしかいないんだから」
ぐい、と身体が近づく。
いろいろと魅惑的な身体を包むパーカー。そして絶妙に開いた胸元のファスナー。そこに視線を送らないように意識しながら、「向かいのコンビニに売ってるだろ」と言い返した。
「知ってるよ。でもね、お財布の中に107円しか入ってなかったの…」
「給料日は?」
「……明後日」
しょんぼりと俯いた彼女の姿に、あぁ、と右手で額を押さえた。
これが浪費の末の困窮ならば怒鳴りつけて追い出すところだ。でもなまえは違う。
私立大学に通う兄と、高校生の妹のいる彼女は、育ててくれた片親に苦労をかけまいと学費は奨学金、家賃以外の生活費の一切をバイト代でまかなっている。
所謂苦労人の学生貧乏だ。
わかっているからこそ怒ることはできない。あー、もう!と髪の毛を掻いた。
「好きなだけ持ってけ」
「やったあ、ありがとうはじめくん。あ、でも1個で十分かな」
ふにゃりと笑う彼女を見て、つくづく自分は甘いな、と思う。