第17章 その件については前向きにご検討ください(岩泉一)
インターホンの音で目を覚ました。
ベッドの上で小さく呻きながら、ケータイを手探りで掴む。
17時42分。
寝始めてからまだ10分も立っていない。
こんな時間にアポなしでくるなんて、どうせセールスか何かだろう。
ケータイにも新着のメッセージは見当たらず、また目を閉じる。
布団の匂いと、風でカーテンが揺れる音が心地良い。
微睡み始めた頃に、またインターホンがなった。
現実に引き戻される。
もう一度ピンポン。
立て続けにピンポン。
おまけにもう一度。
「あ゛ぁ?」
思わず乱暴な声を出して顔を上げた。
一瞬及川の顔を思い浮かべるが、あいつは他大学に進学したから突然くるはずはない。
気怠い身体を引きずって、玄関へと向かう。
その間にもインターホンはけたたましく鳴り響いている。
嫌がらせか?
欠伸をしながら大学のノリの良い友人達を思い出す。
そうだったらぶっ飛ばすぞ。
しかし覗き穴の向こうに立っていたのは、真下の部屋に住むなまえだった。
慌ててドアノブに手をかける。
鍵がかかっていて開かない。おっとそうだった、と鍵を外してドアを開けると、今度は勢い良くチェーンが引っ掛かった。がしゃり、と重い金属音に、なまえが驚いて少し後退った。
「悪い、どうした?」
「はじめくん、よかったぁ」
なまえはいつものように気弱な声で、上目遣いにこちらを見上げた。「トイレ、貸してくれないかな」
「は?自分の部屋いけよ」
同じマンションなんだから、と言うとなまえはもどかしそうに、いやぁ……と言葉を濁らせた。
「また水道止められたのかよ」
「そうじゃないんだけど、」
「じゃあまた鍵無くして入れないのか?」
「それも違うくて」
「なんだ?」
「詳しくはあとで話すから、なんというか」
なまえは顔を真っ赤にさせてもじもじと俯いた。
「とりあえず、急いでる」
その様子につられて顔が熱くなる。
悪い、と言ってチェーンを外すと、なまえは、おじゃまします、と小さく呟いてトイレへ駆け込んでいった。
パタリと閉まったドアに、なんか変な物置いてないよな、とか、掃除、最後にしたのいつだっけ、とか考える。