第16章 願いましては(赤葦京治)
「赤葦、はいこれ!」
木兎は勢い良くプリントを押し付けた。
「?」
赤葦はよくわからないまま手にとる。「なんですか、これ」
「新入生向けの部活動紹介。書いてくれよ」
「自分で書いてくださいよ」
「お前のほうが立派なこと書けるだろ!字も上手いし」
お願い!と両手をあわせる木兎に、またプリントを突き返す。
「どうせパソコンで打ち直されるんですから、誰が書いたって同じですよ」
「じゃあ尚更お前が書け!」
何故か命令口調にになる木兎にむっとしながらも、彼がここに居座れば放送が聞こえなくなってしまうことに気が付いて、「まあ、いいですよ」と言った。
「今日は俺、機嫌がいいんで」
途端に木兎の顔が輝く。
「ありがとう赤葦!さすが!最高!」
「わかりましたから、早く教室から出てってください」
「ひどい!」
「今日の部活までには書いておきますね」
虫けらのように先輩を追い払うと、木兎は何度か振り返りながらもトボトボと出て行った。
しっかりしてくださいよ、主将なんだから。
赤葦は頬杖をつきながらも手元のプリントに視線を落とした。
新聞部が新入生向けに部活動紹介の記事を書くらしい。
部員は多いに越したことはないから、真面目に書いておこう。
シャーペンを握りかけたところに、曲が終わってあの人の声が聞こえてきた。
『明日からは、部活動紹介を兼ねて各部の部長もゲストでお送りします。一回目は野球部の--------』
各部の部長、ということは我らが主将も出るのだろうか。
赤葦は目を閉じてぼんやりと耳を傾けた。
願わくば、どうか火曜日には当たらないでほしい。
そう考えた自分の心に、木兎が暴走して全校生徒に恥を晒すことへの憂いよりも、放送部のこの声の人と会話することへの嫉妬のほうが強いことに気がついた。
どうしてだろうか、声しか知らないのに、何故か彼女のことが無性に気になる。
どんな人なのだろうか。
どんな名前なのだろう。
どんな顔をして、どんなふうに笑うのだろう。
こんな綺麗な声の人が、この学校に本当に存在するのだろうか。
気づけば頭の中には、顔も知らない人のことでいっぱいになっていた。
これは恋心なのか?と自問自答して苦笑する。まるで青春だな。