第16章 願いましては(赤葦京治)
【2人が出会う1日前】
「木兎、あれ、できた?」
「あれ?」
「部活動紹介のコメント。ほら、新聞部から部長みんなに配られたじゃん」
なまえはそう言って手を差し出した。「あれ、各クラスごとに集めて提出するんだって。このクラスは、私が代表」
「あぁ、あれね」
呟いてから木兎の大きな目がぐりんと動いた。「お前、部長だったのか?何部?」
「失礼ね。これでもちゃんとした放送部部長ですよ。コンクールとかちゃんと出てるんです」
なまえはあてつけのように無駄に滑舌よく喋った。「いいからほら、早く寄越しなさい」
木兎は机の中からプリントを引っ張りだした。
くしゃくしゃになった紙を見てなまえが顔で不快感を示す。
「ちょっと、雑過ぎ」
「どうせパソコンで打ち直すんだろ?」
「それにしたって、紙が可哀想だよ」
なまえはそれを受け取ってさらに眉を寄せた。シワの寄ったそのプリントには、習字のお手本のような端整な字が並んでいた。一発で木兎の文字ではないと分かる。
「木兎、これ」
なまえは氏名の欄を見た。”赤葦京治”という見慣れない名前が書いてある。「あんたが書かないと駄目でしょう。主将なんだから」
「主将も副主将も同じもんだろう」
木兎はけろりと言った。「平気平気」
「へーきへーき、って……」
「だって、俺が書くよりも赤葦に頼んだほうがよっぽどましだから」
「いや、知らないから。誰なのこの子」
「2年のやつ」
「後輩に書かせたの!?」
なまえは呆れた声を出した。本当に木兎は何かのねじが足りない。これで全国レベルのバレー部のエースなのだから、世の中は残酷だ。
「だってあいつ、こういうのきっちりしてるから」
「あっそう。確かに木兎よりはましかもね」
なまえはもう一度その氏名をまじまじと見た。
文豪のサインのように厳かで、達筆な文字だ。高校生の手書きには見えない。
赤葦京治、か。
「いい名前ね」
なまえはその文字列に心を奪われた。「男子でこんな綺麗な字を書く人、はじめて見たよ」
特に葦、という字が堪らなく華奢だ。思わず手元のノートに書いてみる。スッと伸びる縦線が気持ちいい。