第2章 HCOOCH3(菅原孝支)
「ごめん、俺もう行かなきゃ、じゃあな、みょうじ」
「あ、待って」
慌てて体育館へ向かいかけた菅原の背中に、柔らかい感触が当たった。振り向くと、なまえが後ろから抱きつくようにして、菅原の制服に顔を埋めている。
「えっ?えっ?」
突然のことにどぎまぎして動けなくなってしまった。この手のことにはどうも耐性がない。
なまえは大きく息を吸い込んだ後、にっこりと笑って菅原から離れた。
「あなた、宇宙とおんなじ香りがするのね」
「...??」
なまえの台詞は意味がわからなかったが、もはや彼女に意味を求めるほうが間違っているのかもしれない。
それよりも大地の怒りを買うほうが恐いので、名残惜しさを胸に菅原は体育館へと駆けていった。
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「お疲れっしたー!」
本日の練習を終え、部室で着替えをする。
菅原は鞄をがさごそと漁っていたが、ふいに考えこんで「西谷、」と後ろで騒いでいた後輩を呼んだ。
「制汗剤、貸してくれないか?」
「いいっスよ!」
西谷は気前良く手渡してくれた。
「さんきゅー」
部室を出ると、冷たい夜風が身体を包んだ。部員のみんなと話しながら歩いていると、ふと大地が立ち止まった。
「...?どした、大地?」
「あそこにいるの、みょうじじゃないか?」
大地が土手を指差した。
「えっ?」
慌ててその方向に目を凝らす。土手の斜面の上に、人影が見えた。
確かに、言われてみれば、なまえである。
「ほんとだ...俺、ちょっと行ってくる!」
菅原は、なまえともっと話がしたくて、彼女の方に駆け出した。
「なんすか?菅原さんの彼女スか?」
目ざとい田中が大地に尋ねる。
「ただのクラスメイトだ。俺たちには関係ないからさっさと帰るぞ」
空気の読める大地は、ここで騒がれたら菅原も可哀想だと、立ち止まりかけた部員達を促していった。