第2章 HCOOCH3(菅原孝支)
「ーーーーよし、ここまでくれば大丈夫だろ 」
菅原はなまえを連れて校舎の反対側まで移動した。周囲に誰もいないことを確認したところで、繋いだままの右手に気づいて慌てて手を離した。
「...担任の先生はどこにいるの?」
大人しく引っ張られてきたなまえは、そこでようやく声を発した。穏やかだけれど、澄んだ声だった。
「あれは嘘」
「嘘?」
「そう。みょうじの出し忘れてるプリントはないよ」
菅原は彼女を安心させようと笑いかけた。
「どうして嘘を吐いたの?」
すかさずなまえが真面目な顔で尋ねたので、「え?」と聞き返す。
「だって、みょうじ、あいつらに取り囲まれてたじゃん」
「えぇ。私に話があるって言ってた」
なまえはパチパチと瞬きをした。それはそれは可愛らしい動作だったが、菅原には少し奇妙に映った。
「話っていうか...一回シメとこって思ったんじゃないかな」
「そうなの?それって弱いものいじめってことね」なまえは両手をパチン、と合わせて笑った。「うちで飼ってる金魚と一緒。」
菅原はなんて返したらいいのか分からなかった。「少し会話が噛み合わないけど」という昼間の大地の言葉が頭の中で響いた。
「でも不思議。私、あの子たちのこと全然知らないのに、いじめられるなんて」
「えっ、だって同じクラスだろ?」
「そうだったかしら」
なまえは肩を竦めた。
何とも言えない気持ち悪さを感じた。確かに間近で見てもこの子は抜群に可愛い。でもやっぱり、みんなが言う通り変な子かもしれない。
「それじゃあ、あなたは私がいじめられていたのを助けてくれたのね」なまえがふいに菅原の手を握ったのでドキン、と心臓が跳ねた。「どうもありがとう」
あぁ、やっぱり可愛い。もう変な子でもいいや。
菅原はなまえの手を握り返した。天然でも電波でも関係ない。そのままの君を愛そう。
大地にもお似合いって言われたしな...
うん、うん、と一人で納得してうなずいた。
ん?大地...?大地って...
「あ!部活!!」
菅原は急に思い出して青ざめた。打ち合わせしたばっかりなのに、遅刻したら怒られる!