第15章 放電(赤葦京治)
涙は意外にもすぐにおさまった。
けれど身体が怠くて、しばらくぼーっとケータイをいじっていた。
充電が切れる頃には体育館の明かりが消えていて、あぁ、練習が終わったのだなと思う。
夕焼けが目に染みた。
重い腰を上げる。
帰ろうとしてふと、土のついた両手を見つめた。
汚い。私の嫉妬みたいに汚いや。
体育館の入り口にある水道まで歩く。
蛇口を捻ると、勢いよく水が流れた。
手を洗う。汚れと一緒に、私の嫉妬も洗い流しておくれよ。
「あ、なまえ」
名前を呼ばれ振り返ると、赤葦が立っていた。
部活終わりの、制服姿。
もう帰るだけだというのに、きっちりとネクタイを締めて、肩に大きな鞄を掛けている
「おつかれ」
そう言って無理に笑うと「疲れた」と少しだけ、柔らかくなる顔。
あぁ、私、やっぱりこの人が好きだ。
赤葦は私の3つ隣の蛇口を捻って水を飲んだ。
ごくごくと動く喉から、目を離せない。
きゅ、と蛇口を閉める音を聞きながら、「あかあし、」と呼びかけた。
「何?」
手の甲で口を拭いながら彼が振り返る。
あ、この感じ
告白したときと似てるな。
「赤葦、私、好きだ」
自分の気持ちを確かめるように言う。
醜い嫉妬は水で流した。
洗いたての純粋な気持ちをキミにあげるよ、赤葦。
「私、赤葦のこと、好きだよ」
彼は少しだけ驚いたような顔を見せて、それから口を開いた。
「あーかーあーし!!いつまで水飲んでんのー!」
木兎の声がする。赤葦がはっとして振り返った。
「早く帰ろーぜー」
あぁ、また彼に邪魔されるのか。
私はくるりを後ろを向いた。
けれど、
「こっち」
突然手首を掴まれて走りだす。
「えっ?」
せっかく綺麗になった気持ちが、ごとりと音を立てて泥の上を転がり始めた。
あぁ、できることなら、
可能であれば、許されるなら、
私はこの人を独り占めしたい。
後ろへ過ぎ去っていく景色の中で、愚かにもそう考えてしまった。