第14章 capriccioso(澤村大地)
8月30日のあの日、あのホールのステージの上、あの目が眩むほどのライト。
流れるような先生の指揮と、みんなの背中。ずっと練習してきた曲。
あぁそうか。これが幸せってやつか。
今の自分は最強だな。
そんな感じがした。
指揮棒の動きに合わせて、木管パートの肩が跳ねる。後ろから、トランペットの音圧が背中を押す。
楽器を構える。息を吸う。両腕を上げて、高らかに吹き鳴らす。
そうだよ。私はここにいるんだ。世界で一番幸せなんだ。
確かにそう思った。
この曲が、永遠に終わらなければいい。
ずっと、このまま続けばいい。
そう思うのに、音楽は川のように流れ、終局へと向かっていく。
それを止めることは誰にも出来ない。
お願い。終わらないで。終わらないで。
残りの小節数が減っていく。
ぐるぐると世界が回転した。
やめて、と声にならない叫びをあげるけれど、曲は止まらない。
とうとう楽譜の最後1行まできてしまった。端の二重線が目に飛び込んでくる。
最後の小節まであと5小節。
3小節。
2、1ーーーーー
そこで目が覚めた。あの日の光景が一瞬で弾けて消える。
頭の中の残響に耳を傾けながら、ぼんやりと白い天井を見上げた。そうして、あぁ、と気がついた。
私、引退したのか。