第14章 capriccioso(澤村大地)
9月4日 (木)
いつものようにインターホンを押す。
準備に手間取っているのだろうか、今日はなかなか出てこない。もう一度押す。
3回目を押そうとしたところで、ガチャリとドアが開いた。
なまえの顔を見てどきりとする。
酷く暗い表情をしていた。
「なんかあったのか?」
「いや...別に...」
その返事も蚊の鳴くような声だった。トボトボと歩き出した背中が、いつもよりずっとか細く見えて、一瞬固まってしまう。
「だ、大丈夫か」
慌てて駆け寄ってその背中に触れた。「俺で良ければ相談に乗るけど」
覗き込むようになまえの顔を見るが、俯いた顔を、きれいに並んだ前髪が隠していた。
その前髪を優しくかきあげる。なまえは叱られた犬のようにしょんぼりとした表情をしていて、余計に放っておけなくなる。
「どうしたんだよ、夜更かしのしすぎで体調でも崩したんじゃないか?」
「大丈夫、何でもないの」
「何でもなくないだろ」
つい厳しい声が出る。部活で後輩を叱る癖が出てしまった。すぐにごめん、と謝る。
なまえは無言のまま歩き始めた。
大地もそれに合わせて歩く。
長いこと沈黙が続いた。
いつもあっという間に着いてしまう学校が、今日は果てしなく遠く感じる。
なまえはしばらく俯いて歩いていたが、やがてぽつりと「夢を見たの」と言った。
「夢?」
唐突に現れた単語に、大地は驚いて聞き返した。
なまえはそれに頷いて、「本番の夢、」と言った。