第14章 capriccioso(澤村大地)
9月2日(火)
インターホンを押すと彼女は今日も元気に出てきた。
学校へ向かいながら、早く教室に行ってなにしているのか、と聞いたら、勉強しかないでしょう、と言われた。
「あー!楽器吹きたい!」
ぶんぶんと振り回される腕を避けながら、「部室に行けばいいじゃないか」と言うと、なまえは「それはいやだ」と口を尖らせた。
「行っても、私の練習するべき楽譜はない。虚しくなるだけだよ」
「じゃあ、自分の楽器買ったらどうだ?」
「欲しいけど、ホルンは高いからなー」
「ホルン?」
「私の担当楽器、知らないの?」
こんなの、となまえはポーズをとった。片手を左肩の辺りに掲げて、右手で握り拳を作り腰の横に持ってくる。
大地には見覚えがなく、楽器のビジュアルも浮かんでこなかった。
知らないな、と言うと怒られそうだったので、代わりに値段を尋ねた。
「いろいろあるけど、私が欲しいのは4,50万くらい」
「あー」
たしかに、高校生には高すぎる金額だ。
「ほんと、あー、だよね」
なまえは残念そうに笑った。
校門をくぐったとき、彼女は「私、大学行っても吹奏楽続けるよ」と言った。
「大学行って、たくさんバイト頑張って、そんでマイ楽器買うもん!だから勉強も頑張るんだもん!じゃあね、大地、また明日!」
返事をする暇もなく駆けていってしまった。
その背中に向かって、また明日、と呟く。