第4章 夏祭り ※
新造からすぐに花魁になった自分にとって、空が白んでからの遊宴など初めてのこと。
着物を着直し、髪を結い直して座敷に上がる。
襖を開けて御辞儀をするその姿は、まさに最高位の遊女に相応しい美しさだった。
「ああ・・・花魁・・・」
若造はエルヴィンらと共に座敷に通され、優美に立つハヅキに震えた。
黒髪の異人は部屋の壁にもたれかかり、やはり立て膝をついてこちらを見ている。
囃子と三味線の音に合わせて踊る舞。
最高位にある遊女は、たとえ旦那の要望であろうと、よほどのことがない限り自ら舞うことなどない。
「これは夢ではあるまいか・・・」
若造は何度もつぶやいた。
そう、これは見ず知らずの男が残り僅かな命をまっとうできるよう、花魁が見せる夢。
そして、黒髪の思いがけない優しさに応えるため、
ハヅキは一世一代の舞を披露した。
「錦絵そのものだ・・・」
錦絵とは、遊女の姿を描いた浮世絵のこと。
豪華絢爛な遊郭など、庶民には夢のまた夢の話。
ましてやその頂点に君臨するハヅキは、絵の中でしかその姿を拝むことができなかった。
「ああ・・・ああ・・・」
若造は最期まで感嘆の声を漏らしていた。
夢見心地の中、いつ死が訪れてもいい。
時間にすればほんのひと時だったが、そう思えるほど幸せだった。
後日、若造は江戸の長屋で息を引き取った。
看取った者はおらず、ひとりで旅立っていった。
しかしその手には第13代目高尾太夫・ハヅキの錦絵が握りしめられており、満足そうな顔だったという。