第4章 夏祭り ※
江戸幕府によって公認された遊郭、吉原。
そこは、遊女が男達に一夜の夢を見せる場所。
同時に、地獄でもあった。
うだるような夏の暑さの中。
花魁道中を一目見ようと、辻に大きな人垣ができていた。
「ヨッ! ハヅキ花魁、日本一!!」
鮮やかな京緋色の地に白牡丹の衣装を着た禿に先導され、ひとりの花魁が中之町に姿を現す。
しだれ桜のように垂れる銀色の帯を前抱きに、浅葱色の地に真紅の牡丹を縫い取った打掛を羽織ったその姿は、言葉にできぬほどの美しさを誇っていた。
「京の吉野、大阪の夕霧! それに勝るは江戸の高尾! ハヅキその人でさぁ!」
あちらこちらから掛け声が飛ぶ中、ハヅキは羨望の眼差しを向ける江戸っ子達を一瞥する。
その視線だけで虜になる者、数十人。
そして一礼をし、左右に人だかりができている道の中央を進み始めた。
ゆっくり、ゆっくり、男衆に手を支えてもらい、外八文字で歩むその姿は優雅そのもの。
見栄えのする華やかな顔立ちに、豪奢な立ち振る舞いは、ただ存在するだけで男達を惹きつける。
「お練ーり! お練ーり!」
花魁道中を知らせる声が響くと、さらに押し合い圧し合いの人混みとなった。
時代は1760年。
泰安の世が続き、廓遊びは裕福な層の娯楽のひとつだった。
「見ろ、あれが高尾太夫の名を継いだ花魁、ハヅキだ」
見物人のひとりが、田舎から出てきたと見られる男に自慢げに語る。
高尾太夫とは、かつて実在した一国の殿を失落させたほどの遊女。
そしていまは、最高位の遊女のみ受け継ぐことができる称号だった。
「目ぇおっ広げて、焼き付けときな。本来は、浮世絵でしかお目にかかれねぇ御人だ」
10歳ほどの禿が2人、14歳ほどの美しい新造、大きな朱傘を差し掛ける男衆など、大勢の取り巻きをつれて歩く。
そんなハヅキを、男も女も惚けた目で追っていた。