第1章 ホタル ※
「好きです」
その言葉に、ハンジは読んでいた書類を机に置き、ハヅキをマジマジと見上げた。
「ん? 何か言ったかな?」
「ハンジ分隊長が好きです」
もう一度、ハッキリと聞こえるように伝える。
平然としているように見えるが、内心はいまにも倒れそうなほど緊張していた。
何しろ、自分の上官にずっと秘めてきた想いを告げたのだから。
「・・・8月10日分の報告書は確かに受け取った。もう下がっていいよ」
ハンジはまるで聞こえなかったふりをしながら、ハヅキに向かって微笑んだ。
しかし、その反応も承知の上。
ハヅキは下がるどころか、ハンジへと詰め寄る。
「ハンジ分隊長。私は処分覚悟で、あなたの目の前に立ってます」
調査兵団に入り、ハンジ・ゾエという兵士を知ったその日から。
自分は、貴方の一挙一動に目を奪われてきた。
ハヅキは、ハンジの左腕に目を向けた。
真っ白な包帯が巻きつけられ、ギプスで固定されている。
それは今日、壁外調査から帰還する途中に負った怪我。
突然現れた巨人に囲まれたハヅキを守るため、自らの体を投げ打った結果だ。
「あなたは私を守ってくださった」
「・・・部下を守るのは、上官として当然のつとめだよ」
「でも、分隊長であるあなたの命と、一兵士でしかない私の命では重みが違います。それでもあなたは・・・」
「ハヅキ」
ハンジは諭すような目を向けた。
「命に優劣はない・・・けど・・・確かに私はあの時、君の命の方が重かった」
巨人に喰われそうになっている姿を見たら、自分の命などどうでも良くなった。
ただハヅキを守りたい、その一心で15メートル級に飛びかかっていた。
だが、どうか今はこの気持ちに気づかないで欲しい。
君を部下に選んだその日から、ずっと隠し続けてきたのだから。
兵士である以上、命を落とすことは仕方が無い。
わかっていても、絶対に失いたくない命はある。
「私は死ぬと覚悟しました。でもその時に思ったんです」
「・・・・・・・・・」
「貴方にこの気持ちを打ち明けないまま、死を迎えたくないと」
ランプの火が揺れる。
開け放した窓から夜風が吹き込んでいるのか、机の上に置いてある瓶に差してある風車が静かに回った。