過去と、今と、未来の狭間で【進撃の巨人 エルヴィン 前編】
第82章 涙
何故・・・こんな所にあるのだろうか?
自分に似ていると言われたぬいぐるみを手に取り、
まじまじ見つめていると、エルヴィンの様子に気づいたモブリットが
「ナナシさんの大事な物だそうですよ」と教えてくれた。
その言葉にエルヴィンは目を見開いて驚く。
「いつもそれを大事そうに抱いて寝ていました。
余程気に入っていたのか、そのぬいぐるみに掛かっているマントも
ナナシさんが作ったそうです」
よく見れば、緑色の布はマントのように縫われ、
ぬいぐるみに着せてあった。
「兵団のマントみたいですねと言ったら、
そのつもりで作ったんだと仰ってました。
その内、このマントに双翼の刺繍もしてやるつもりだ。
こいつには翼がよく似合うって微笑って・・・・団長?」
微動だにしなくなったエルヴィンを怪訝に思ったモブリットは焦ったが、
エルヴィンから「すまないが少し一人にしてくれ」と言われた為、
何かを察し「自分はもう荷物を纏めたので、先に下へ行っています」
と言って部屋から出て行った。
残されたエルヴィンはぬいぐるみを抱き締めながら、
一人静かに涙を零す。
「自分がまだ人並みに泣けるとは思わなかったよ、ナナシ・・・。
君は一体何を想ってこの子を抱いていたんだい?」
答えが返ることの無い質問を口にし、
ぬいぐるみを抱くナナシを想像する。
『大嫌いな』人間によく似ているぬいぐるみを、
ここまで大事に扱うものだろうか。
――否。
そんなはずはない。
ナナシは苦渋の決断で自分と距離を取ったのだと、
エルヴィンは確信した。
何がそうさせたのかは相変わらずわからないが、
それがわかっただけでも充分な収穫だった。