過去と、今と、未来の狭間で【進撃の巨人 エルヴィン 前編】
第5章 地下街のゴロツキ
クレイグの店に着くと、奥の部屋に通され神妙な面持ちで
クレイグが話を切り出してきた。
「…実は、とある貴族の屋敷に『アレ』があるとの情報が。
どの部分かはわかりませんが」
その言葉にナナシがピクリと身体を硬直させ
クレイグの顔を凝視すると、彼は肯定するようにゆっくり頷いた。
ナナシは両手で顔を覆い、
人形のように変わらなかった表情を歪ませ歓喜に震えた。
「やっとか!やっと在処がわかったのか!」
言葉にも感情が籠もり、クレイグはその様子に安堵の息を吐く。
クレイグや仲間は常々ナナシの心配をしていた。
人形のように感情の籠らない顔と声色を見る度、
穏やかな笑みを浮かべながら団長の隣に立っていた頃のナナシの姿を思い出していた。
一切の感情を捨てたかのようなナナシが痛々しく、
その姿が一層心の傷の深さを浮き彫りにさせているように見えた。
だからクレイグ達はナナシが感情を出してくれるなら、
それが愛情でも憎悪でも構わないと思っていた。
出来れば前者の方であって欲しいと願うが、
一途なナナシにそれを望むのは難しいと
70年以上経った今では半ば諦めている
。
それでも生き残った仲間は早く
自分達の呪縛を抜けたナナシの幸せを願い続けていた。
「代行、それと一つ謝らなければならない事があります」
「何だ?」
「代行がいらっしゃると思わなかったので、
地下のゴロツキに仕事として話を通してしまいました」
「詳細は伝えたのか?」
「いえ、幸いにしてそれはまだでした。
先程使いを出して断っておきましたが、
一応お耳に入れておくべきかと思いましたので」
「退いてくれそうな輩かえ?」
「リーダーの男は何を考えているかわかりませんが、
無粋な真似はしてこないかと…。問題はその片腕の男ですな。
地下から這い上がりたい様子でしたんで、愚図るとしたらそいつです。
この地下街では一番腕のある奴らに頼んだとはいえ、
部外者に任せられる仕事じゃありませんからな」
「愚図ってきたら…教えよ」
「いえ、あなた様のお手は煩わせません。自分が…」
その言葉にナナシは心配そうに視線をやると、
クレイグは肩を竦めながら「な~に、若いもんにはまだ負けませんよ」と笑った。