過去と、今と、未来の狭間で【進撃の巨人 エルヴィン 前編】
第4章 自分にとって匂いは世界そのものだ
もうどれくらいそうしていただろうか…。
高かった陽が大分傾き橙色に染まった頃、
今まで動かなかった覆面が突然立ち上がった。
その反動で少年はゴロンと地面に転がり、
不思議そうな顔で覆面を見遣る。
覆面は遠くの一点を注視した後、少年に
「すまん、用事が出来てしまった。私がここにいたという事は内密にしておいてくれ」
と言い走り出した。
突然そう言われた少年が慌ててその背中に声を掛けると、
覆面は足を止め振り返る。
「またここに来るのか!?」
「いや、もうここには来れぬ」
「…そう…か」
残念そうに呟いた少年に覆面は最後に声を掛けた。
「お主の匂いを嗅ぎ分ける力は恥ずべきものではないぞ!
きっと誰かが必要とする能力だ!分かり合える仲間を探せよ」
捲し立てるように言った後、
覆面は物凄いスピードで走り去っていった。
残された少年は呆然とその後姿を見送る。
――仲間?
自分のように変わった人間を必要とする仲間なんか出来るだろうか?
そういえば、調査兵団は変人の巣窟だと聞く。
このまま普通の生活をしていても煙たがれるだけなので、
いっそ来年から訓練兵団に入ってみようか?
兵士になればある程度安定した収入を得ることが出来るし、
もしかしたらそこで仲間が出来るかもしれない。
特に生きる目的も無く何となく生きてきたが、
世界に存在するありとあらゆる匂いを探究するのも
一興だと思えてきて口元が綻ぶ。
思えば笑ったのも久し振りだ。
あの覆面が何者だったかはわからないが、
彼との出会いが自分にとって未来へ続く道の分岐点が
発生したように思える。
結局覆面の体臭がどの匂いに近かったのか
解明できなかったな、と肩を落としていると、
ふと自分の掌から血が出ていることに気づいた。
恐らく覆面が急に立ち上がった時、草で切ったものだろう。
何となくいつもの癖で少年は掌に鼻を寄せ、匂いを嗅いだ。
鉄臭い、決して良いとは言えない匂いにハッとする。
覆面から香っていた匂いの正体に漸く辿り着き、
少年は得体の知れない恐怖に大きな身体を震わせた。
「……何であいつから血の匂いがしたんだ…?」
自分と同じ匂いとまではいかないが、あれは確かに血の匂いだった。