過去と、今と、未来の狭間で【進撃の巨人 エルヴィン 前編】
第4章 自分にとって匂いは世界そのものだ
「…匂いを…嗅いでいた。アンタの匂いが気になって…
それで……」
「匂い?そんなに臭かったか?」
「逆だ。…アンタからは…匂いがしない……。
薄すぎて……生きているのか気になった」
あぁ成程、と納得している覆面に少年は困惑しながら尋ねる。
「怒らないのか…?」
「…何を?」
「………匂いを嗅いでいた事だ」
思えば誰かとこんなに長く会話をしたのも久し振りだった。
大抵周りの人間は少年の奇行を嫌悪して
近づいてこないので、会話をするという事も出来ない。
膝に置いていた掌が緊張からじんわり汗で濡れていくのがわかった。
「…まぁ、実害は無いからな。どこをどう怒って良いのか、よくわからん」
「………………」
そういう問題なのか…と、
少年は呆れた面持ちで覆面を見遣る。
よく見れば相手の身体は華奢で、
もしかしたら女なのかもしれないという考えが過ったが、
覆い被されても動揺しないのは異常だ。
尋ねるのも失礼だし、
少年の中で覆面は勝手に男と位置づけることにした。
そちらの方が都合が良いし。
「それで、私の匂いはどんな感じなんだ?」
まさか匂いに関して聞かれるとは思わず一瞬言葉に詰まったが、
少年はありのままを伝えた。
「……薄い匂いの中に……アンタの匂いらしきものはあったが、
何の匂いかはわからなかった」
ほう?と覆面が興味深そうに声を上げる。
「多分…もっとアンタの匂いが嗅げたら……わかる」
何の匂いかわからないままというのはプライドが許さない。
どうにかして匂いの正体を突き止めたいのだと、
ダメ元で言うと覆面はあっさり少年に許可を出した。
どうやら、自分自身の匂いに興味があるらしい。
変わり者だと思いつつ少年は遠慮無く、
相手の首筋に鼻を寄せた。
人目を気にせず匂いを嗅げる幸福感に浸りつつ、
少年は長い時間を掛けてその匂いの正体を追求する。