第1章 調光作用
その後お母さんも「すみません、ありがとうございました。」と悠香に頭を下げて、親子はレジに行ってしまった。
残された悠香は弁当コーナーと再度向き合う。しかしそわそわと浮き足立った胸では買い物など出来なかった。
ありがとうと言われた。このあたしがだ。
感謝なんてどれだけ振りなんだろう?引きこもる前?それより前?分からない、覚えてないよ。
認められたのだ。あたしの行為が。助かったよと。嬉しかったよと。
笑ってもらえた。喜んでもらえた。それだけなのに。たったそれだけの事なのに!
子供の笑顔が悠香の脳裏で何度も繰り返された。世の中の事など何も知らない子供だからこそ、あの感謝が素直な気持ちである事が分かる。
・・・あたしにも出来る事があるんだな。
それは小さな小さな、取るに足らない出来事だ。こんな事で社会貢献が出来る訳でも何でも無い。
それでも悠香にとって、この出来事は大きな大きな発見に繋がった。
現実に帰って来た悠香は弁当コーナーを見渡した。どれもこれも茶色い。「健康的」なんてワードとは無縁な食べ物ばかり。
「・・・やめた。」
声にならないような小さな声で呟いて、悠香は回れ右で自動扉に向かう。陽気な音楽に背中を押され外に出ると、夏の厳しい暑さが悠香を襲った。
暑い。眩しい。帰りたい。家で待っているだろう涼しい部屋の魅力に足下がぐらつく。
それでも悠香は家の方向ではなく、反対側の大通りに足を向けた。
今日はスーパーでしっかり野菜やお肉を買おう。
栄養のありそうなものをたくさん買って、それで、まずは自炊しよう。美味しいご飯を作ってみよう。
何も出来ない無能なあたしだけど、それぐらいは出来るから。
それから部屋の掃除をして、それから洗濯をして、それから外に出て、それから少しずつ、それから・・・。
目が潰れそうなほど眩しかった夏の日差しが、いくらか陰りを見せていた。