第1章 調光作用
隣に目をやると、幼稚園児ぐらいの小さな男の子が背伸びして何かを取ろうとしていた。
見た感じおにぎりを取ろうとしているんだろうか?おにぎりって結構高い所に置いてあるよね。君じゃ無理かなぁ。
幼い子供なんて久しぶりに見た。可愛いなぁ。子供ってこんなに小さかったっけ?
「おかあさーん!シャケとってー!」
子供が大きな声で母親を呼んだ。悠香の体が反射的に跳ねた。他の客も似たようなものだった。
どうやらシャケのおにぎりを取りたかったらしい。あたしはツナマヨ派だな。悠香は呑気に考える。
「あのっ、すみません。」
子供と反対側から女性の声が聞こえた。お母さんらしい。通路の向こう側から他のお客さんの間を抜けようとしている。
「はやくー!」
子供はそんなお母さんの苦労も知らず、無邪気にお母さんの助けを求めている。
・・・助けを求めている。
自然と手が伸びた。
「はい。」
子供の丸い目が悠香を捉えた。
2人の間にはシャケのおにぎり。
子供は悠香からおずおずとシャケのおにぎりを受け取った。
「すみません!」
ようやく到着したお母さんが悠香に頭を下げる。悠香も頭を下げてそれに答えた。
子供はしばらく小首をかしげてシャケのおにぎりを見つめていた。
悠香は途端に逃げ場の無い不安に襲われる。
・・・余計なお世話だったかな?あたしなんかが触れたおにぎりなんて嫌だったかな?
あぁ、お母さんがあたしをジトッとした目で見ている。なんて事をしてしまったんだろう。
ごめんなさい。ごめんなさい。出過ぎた真似をしました。あたしなんかが人間様と関わろうなんて傲慢でした。
あたしみたいなどうしようもないクズは、やっぱり部屋で大人しく死んでいた方が・・・。
子供が悠香を見上げた。思わず後ずさりかけた。無垢な瞳が照明の光を受けてキラキラと輝く。
「ありがとう!」
にぱっと笑って、子供はおにぎりを宝物のように、お母さんが持つ買い物かごにそっと入れた。